ご予約・お問合せ 0479-23-5111(代) 受付時間)9:30〜20:00 チェックイン)15:30 チェックアウト)10:00
犬吠埼観光ホテルホームページ
波打ちぎわの天然温泉露天風呂
トップページ
■CALENDAR■
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31   
<<前月 2013年01月 次月>>
■NEW ENTRIES■
■CATEGORIES■
■ARCHIVES■
■POWERED BY■
BLOGNPLUS(ぶろぐん+)
■OTHER■


携帯からもご覧いただけます

「金原の大篝(おおかがり)」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「三社神社」で明日、1月14日(祝・月)に開催されます「金原の大篝(おおかがり)」です。

 「三社神社」は、「匝瑳市」「飯倉」に鎮座する「神社」で、「御祭神」は「伊弉諾尊(いざなみのみこと)」、「事解男命(ことさかのおのみこと)」、「速玉男命(はやたまおのみこと)」を祀っています。

 「三社神社」の「由緒」ですが、平安時代「熊野大社」より勧請し、「飯倉郷十八ヶ村」の「鎮守」としたそうです。

 「金原の大篝」は、毎年「成人の日」の未明から「匝瑳市」の「三社神社」で行われます。
 この「金原の大篝」は、前日の午後から「当番」の「人々」の「手」で準備され、「松薪」や「青竹」などが「円錐系(えんすいけい)」に積み上げられます。

 「金原の大篝」は、「三社神社」「社殿」で「儀式」の後、「大篝」(高さ約6m、周囲15m)に「火」が入り、「参拝」の「人」も集まり、「篝火(かがりび)」を囲み「御神酒(おみき)」が振る舞われるそうです。
 「金原の大篝」の「大篝火」は、赤々と燃え上がり、時折「青竹」が勢いよくはじけ、まさに「悪疫」を払う「炎の神事」です。

 「成人」を祝い「悪疫」を払う「炎の神事」「金原の大篝」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「金原の大篝」詳細

 開催日時 1月14日(祝・月) 6時頃〜

 開催会場 三社神社 匝瑳市金原275

 問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089

 備考
 「金原の大篝」の行われる「三社神社」「境外」の「高台」の「藪の中」には、「東照宮」の「石祠」が鎮座しているそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1505 |
| 地域情報::匝瑳 | 01:16 PM |
「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」で明日、1月13日(日)に開催され「8区間」22.9kmを駆け抜ける「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」です。

 「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)は、昭和8年2月11日、「銚子町」、「本銚子町」、「西銚子町」、「豊浦村」の「3町1村」が合併し、「全国」で「116番目」、「千葉県」では「千葉市」に次いで「2番目」の「市」として誕生しました。
 その後、昭和12年に「高神村」、「海上村」、昭和29年に「船木村」、「椎柴村」、昭和30年に「豊里村」、昭和31年に「豊岡村」を順次合併し、発展してきました。

 「銚子市」は、三方を「水」に囲まれ、「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)「河口」から「君ヶ浜」(2011年6月1日のブログ参照)、「犬吠埼」(2012年4月16日のブログ参照)、「屏風ヶ浦(びょうぶがうら)」(2012年5月20日のブログ参照)に至る「海岸線」は、「砂浜」あり、「岬」あり、「断崖絶壁(だんがいぜっぺき)」ありと、「変化」に富んだ雄大な「景観美」を織り成しています。
 また、「全国屈指」の「水揚げ量」を誇る「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)、「歴史」と「伝統」を実感できる「醤油工場」、さらには、これらの「産業基盤」から産出される「豊富」で「新鮮」な「農産物」(「食材」)や「特産品」を備えるなど、多くの「地域資源」に恵まれた「魅力」あふれる「まち」です。

 「銚子市」の「位置」・「地勢」ですが、「首都」「東京」から100km、「東経140度50分」、「北緯35度44分」、「関東平野」の「最東端」に位置しています。
 「銚子市」は、「北」は「利根川」を隔て「茨城県」の「神栖市」に対し、「東」から「南」は「太平洋」に臨み、「利根川」沿い「北西方面」は「東庄町」と、「太平洋側」「南西方面」は「旭市」と接しています。
 「銚子市」の「面積」は83.91平方kmで、「沖」を流れる「暖流」・「寒流」の「影響」を受け、「夏」は涼しく「冬」は暖かい「気候」となっています。

 「青木半治」氏(2011年1月4日のブログ参照)は、「日本」の「スポーツ指導者」、「日本陸上競技連盟」「第5代会長」で、「日本体育協会」「第11代会長」また「国際陸上競技連盟」と「アジア陸上競技連盟」でも「役員」を歴任し、「副会長」を務め、後に「終身名誉副会長」を務められました。

 「青木半治」氏は、「千葉県」「長生郡」「太東村」(現「いすみ市」)出身で、「旧制銚子商業学校」(現在の「千葉県立銚子商業高等学校」)卒業、1938年(昭和13年)に「早稲田大学」「商学部」を卒業されました。
 その後、「日立製作所」に入社し、同年「日本陸上競技選手権大会」の「砲丸投げ競技」で「優勝」、その後は、「三徳工業」、「昭和電工」を経て、1945年(昭和20年)に独立し、1946年(昭和21年)「青木金属興業株式会社」を設立、「会社経営」の傍(かたわ)ら、「母校」の「早稲田大学」「陸上部監督」を務められました。
 また「早稲田大学」「陸上部監督」を務めた際の「部員」に、元「衆議院」「議長」の「河野洋平」氏が入部されていたそうです。

 その後「青木半治」氏は、1959年(昭和34年)に「日本陸上競技連盟」の「常務理事」、1961年(昭和36年)に「理事長」に就任、同年に「日本体育協会」「評議員」及び「理事」に就任されました。
 その後、上記のように「日本陸上競技連盟」、「日本体育協会」、「国際陸上競技連盟」、「アジア陸上競技連盟」でも活躍され、「陸上競技」の「発展」に寄与されました。
 「青木半治」氏は、数多くの「功績」を残し、2010年5月30日、「急性心不全」のため「東京都内」の「病院」で94歳で死去されました。

 「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」は、「陸上競技会」を牽引されてきた「青木半治」氏の「名前」を冠し、今年(2013年)に「64回目」を数える「銚子市」の「新春」を彩る「駅伝大会」で、「銚子市内」や「観光名所」を巡る「一大イベント」です。
 「大会」の「主旨」ですが、「体育」・「スポーツ」の「普及」及び「中学生」相互の「親睦」を図り、「スポーツ」を通して「心身」の「健全」な「育成」と「社会体育」の「振興」を推進するために開催されています。
 また今年の「大会」ですが、「開催地」「銚子市」にとって記念すべき「市制施行80周年」の「節目」を迎え、「中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」を「記念事業」のひとつとして開催するそうです。

 「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」の「コース」ですが、「8区間」22.9kmの「起伏」に富んだ「コース」となっています。
 「1区」は4.9kmの「コース」で、「シンボルロード」(銚子の駅前通り)・「河岸公園」(2011年4月18日のブログ参照)前(元「渡船場」前)〜「名洗」となっています。
 「2区」は2.8kmの「コース」で「名洗」〜「銚子市漁業協同組合外川支所」となっています。
 「3区」は3.1kmの「コース」で「銚子市漁業協同組合外川支所」〜「千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口」となっています。
 「4区」は2.0kmの「コース」で「千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口」〜「地球の丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)となっています。
 「5区」は2.3kmの「コース」で「地球の丸く見える丘展望館」〜「犬吠埼灯台」(2011年1月1日のブログ参照)となっています。
 「6区」は2.8kmの「コース」で「犬吠埼灯台」〜「黒生(くろはえ)」となっています。
 「7区」は2.0kmの「コース」で「黒生」〜「川口神社」(2010年12月22日のブログ参照)となっています。
 「8区」は3.0kmの「最終区」の「コース」となっており、「川口神社」〜「銚子市役所」となっています。

 また「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」では、「レース」前後には「交通規制」を行いますので、「コース道路上」の「駐車禁止」と「交通規制」について呼びかけています。

 「新春」の「銚子市」を疾走する「恒例イベント」「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」詳細

 開催日時 1月13日(日) 11時半〜

 開催会場 銚子半島

 1区 シンボルロード・河岸公園前〜名洗 (4.9km)

 2区 名洗〜銚子市漁業組合外川支所 (2.8km)

 3区 銚子市漁業組合外川支所〜千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口 (3.1km)

 4区 千葉科学大学本部キャンパス消防隊進入口〜地球の丸く見える丘展望館 (2.0km)

 5区 地球の丸く見える丘展望館〜犬吠埼灯台 (2.3km)

 6区 犬吠埼灯台〜黒生 (2.8km)

 7区 黒生〜川口神社 (2.0km)

 8区 川口神社〜銚子市役所 (3.0km)

 問合わせ 銚子市体育館 0479-24-9559

 備考
 「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」では、「銚子市役所」前に「大型スクリーン」を設置し、「レース」の「実況中継」を行うそうです。
 また「市制施行80周年記念事業」「青木半治杯」「第64回中学校対抗銚子半島一周駅伝大会」は、「銚子セレクト市場」()でも「店内」で「実況中継」を「放送」し、「コーヒー」・「お茶」が「無料」でサービスされるそうです。




| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1504 |
| 地域情報::銚子 | 09:38 AM |
「松山神社の筒粥」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「松山神社」で弥明後日(やのあさって)の1月15日(火)に開催されます「松山神社の筒粥」です。

 「松山神社」は、「匝瑳市」「松山」にある「神社」で「旧社格」は「村社」で「御祭神」は「伊弉册命(いざなみのみこと)」、「譽田別命(ほんだわけのみけと)」、「天兒屋根命(あまのこやねのみこと)」を祀っています。
 「松山神社」の「創建」ですが、「社伝」によりますと大同元年(806年)と非常に古く、中世には「源頼朝」が「神領三十貫」を寄せているそうです。

 「松山神社」は、「匝瑳市」の中心である旧「八日市場市」の「北西」の「丘陵地帯」に鎮座し、「松山神社」隣にある「匝瑳小学校」の「敷地」はその昔、「匝瑳の名門」「千葉一族」の「椎名氏」の「居城」だったとされる「松山城」の「跡」なのだそうです。

 「松山神社」で行われる「伝統行事」ですが、「松山神社の神楽」(2012年4月10日のブログ参照)と250年以上続いている「神事」「筒粥神事」(2012年1月14日のブログ参照)が知られています。

 「筒粥神事」は、上記のように250年以上続く「松山神社」の「神事」で、「青竹の筒」を入れ、一晩煮た「粥」の中からその「竹筒」を取り出して一本づつ割り、中に詰まった「粥の分量」によってその年の「吉凶」を占うという「神事」です。
 「筒粥神事」は、昔は「粥の白米」、「小豆」各1升の「割合」でしたが、現在では「小豆」を3合に減らして煮ているそうです。

 「筒粥占い」の「青竹」ですが、「松山神社」の「正月飾り」を使用。
 古来「占いの青竹」は、7本を1束として7束49本だったものが、現在では53本に改められているそうです。
 「占いの青竹」1本1本に「1年12ヶ月」の「日」、「水」、「風」と、「米」や「大豆」、「麦」、「芋」などの「作物名」を墨書、また「民」、「百姓」から「地方庁」、「緒官省」、「大臣」とまで記したものもあり、「天下国家」の「吉凶」も占ってきたそうです。

 「松山神社」の「氏子」ですが、約120戸で、「筒粥神事」はこれを「8地区」ほどに分けた「当番集落」が受け持っているそうです。
 「筒粥神事」当日には、「各地区」の「総代」らが30人ほど集まり、「鍋」から上げた「青竹」が「短刀」で二つに割られると、中に詰まった「粥の量」を真剣な「表情」で吟味し、「量」を裁定し占います。

 「匝瑳市」の「古社」「松山神社」で250年以上続く「筒粥神事」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「松山神社の筒粥」詳細

 開催日  1月15日(火)

 開催会場 松山神社 匝瑳市松山1127

 問合わせ 匝瑳市生涯学習課生涯学習室 0479-67-1266

 備考
 「松山神社の筒粥」ですが、「年」を重ねるごとに「筒粥神事」の「内容」も少しづつ変化をみせているようです。
 「松山神社」のある「匝瑳市」「松山」には、「画家・彫刻家」の「此木三紅大(このきみくお)」氏が主宰する「私設美術館」「松山庭園美術館」(2011年2月25日のブログ参照)があり、約2000坪の「敷地内」には、四季折々の「樹木」「草木」が咲き誇り、「庭園観賞」と「美術鑑賞」が楽しめます。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1507 |
| 地域情報::匝瑳 | 10:25 AM |
「ひげなで(髭撫)祭」(香取市)
 本日ご案内するのは、となりまち「香取市」「側高神社」で明明後日(しあさって)の1月13日(日)に開催されます「ひげなで(髭撫)祭」です。

 「側高神社」は、「香取市」「大倉」にある「神社」で、「社格」は「香取神宮摂社」「郷社」です。
 「側高神社」は、「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)と同じ、「神武天皇18年」の「創建」と伝えられ、「御祭神」は昔から不明となっています。
 「側高神社」は、「香取神宮第一」の「摂社」であり、慶長・元禄と「江戸幕府」の「造営」があり、1908年(明治41年)に「大倉」「字石神代」の「落文神社(おとしぶみじんじゃ)」と「大倉」「字一夜山」の「一夜山神社」(「痘瘡除け」として「信仰」)が合祀されました。

 「側高神社」は、1916年(大正5年)「御大礼記念」として「社殿」を改造、1931年(昭和6年)には「国鉄成田線」「工事」のために「神井」を「現在地」の「鳥居」脇に移設、「県道」(現「国道356号線」)から「階段」を新設しました。
 (現在は通行不可)

 「宮負定雄(みやおいやすお)」(江戸時代の「国学者」)弘化2年「下總名勝図繪」弘化3年「吾嬬免具理下総國の部」によりますと、「側高」の「神」が「香取神」の「命」により、「東北地方」で「馬」を捕え、「牧野」に放ったとの「伝承」があります。
 「側高神社」は、かつての「香取海」に面した「立地」から、「香取神宮」の「前衛」としての「性格」と「下総」の「牧」の「起源」への「関与」が伺われます。
 また「落文神社」は「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)の「神」が「香取神宮」の「神」に「文」を出し、「使いの鹿」が「漁師」に狙われた時に「文」を落とし、その「心労」のために死んだ「鹿」を祀ったもの、後に「文」が見つかった「場所」が近くの「披露」との「伝承」があります。

 「側高神社」の「文化財」ですが、「本殿」が「千葉県」の「県指定有形文化財」に指定されています。
 「側高神社」「本殿」は、「一間社流造」の「本殿」で、「彩色文様」や「彫刻」には桃山時代の「建築様式」の「特色」が見られます。
 「側高神社」は、「香取神宮」の「立替修理」との「貴重」なものです。
 また「側高神社」には、「四箇の甕」があります。
 「四箇の甕」ですが、4つの「瓶」がそれぞれ「春の甕」、「夏の甕」、「秋の甕」、「冬の甕」と呼ばれ、それぞれの「甕」の中の「雨水量」が「その年」の「降水量」を占うと伝わっています。

 「ひげなで(髭撫)祭」は、約800年前の建保2年(鎌倉時代)から続いている「側高神社」に伝わる「五穀豊穣」と「子孫繁栄」を祈願する「伝統行事」です。
 「ひげなで(髭撫)祭」は、「1月第2日曜日」午後、「地区」の「当番引き継ぎ行事」(「他地区」でいう「オビシャ」)で、「羽織袴(はおりはかま)」を着た「新旧当番地区」の「人」が「互い」に向き合って座り、「ひげ(髭)」を撫(な)でたら大きな「椀(わん)」で「お酒」を飲みあいます。
 「ひげなで(髭撫)祭」では、「西側」に座した「当番」が、「東側」に座す「新当番」に「酒」を勧める際、立派な「髭」をなでることから「ひげなで(髭撫)祭」と呼ばれています。
 また「ひげなで(髭撫)祭」では、撫でられた「新当番」は「大椀」で「何杯」も応じるそうです。

 「側高神社」で行われる「新春行事」「ひげなで(髭撫)祭」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「ひげなで(髭撫)祭」詳細

 開催日時 1月13日(日) 13時半〜

 開催会場 側高神社 香取市大倉5

 問合わせ 側高神社 0478-57-1545

 備考
 「ひげなで(髭撫)祭」当日、「側高神社」境内では「甘酒」などもふるまわれ、「寒さ」を忘れて楽しめるそうです。
 「ひげなで(髭撫)祭」は、「香取市」の「市指定無形民俗文化財」に指定されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1503 |
| 地域情報::香取 | 08:25 PM |
「小高のはだか参り」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「妙長寺」「八坂神社」で今週末の1月13日(日)に開催されます「小高のはだか参り」です。

 「小高のはだか参り」は、毎年「成人の日」の前日、午後10時(22時)〜11時(23時)頃に行われる「真冬」の「水ごり行事」です。
 「小高のはだか参り」では、「妙長寺」の「門前」に集まった「下帯」1本の「若者たち」が「辻」で「水垢離(みずごり)」をし、「身」を清めた後、「駆け足」で約500m離れた「八坂神社」まで行き、「無病息災」・「家内安全」・「五穀豊穣」を祈願するそうです。
 「小高のはだか参り」では、「帰り」は「手」を取り合い、「ヒーヒーガンガン」と面白い「かけ声」をあげながら戻ってきて、最後は「お供え餅」も奪い合って終わるそうです。

 「小高のはだか参り」「参加者」は40人前後と「規模」は小さな「祭り」ですが、「奇祭」として「遠方」からの「見物客」も増えているそうです。
 「小高のはだか参り」の「見どころ」のひとつ「水垢離」は、汲み置かれた「水」を「手桶」で勢いよく浴びます。
 すると「体」から「湯気」が湧き出て、その「勇壮さ」に見ている者も興奮するそうです。

 「小高のはだか参り」の「始まり」は、今から300年前、あるいは500年前から行われてきたといわれていますが、詳しい「資料」が残っていないためどのようにして行われてきたのかは定かではありません。
 お参りされる「八坂神社」は「男性器」を模った「棒」が祀られている「子宝の神様」でもあります。
 「小高のはだか参り」は、「成人の日」の「前夜」に行われていることからも、「子孫繁栄」を願って始められたのではないかといわれています。

 なお、「小高のはだか参り」「会場」近くには「駐車場」はありません。
 そのため「匝瑳市」では、「近所のご迷惑にならないようご協力ください。」と呼びかけています。

 凍てつく寒さの中行われる「飯高地区小高」で行われる「勇壮」な「真冬の奇祭」「小高のはだか参り」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「小高のはだか参り」詳細

 開催日時 1月13日(日) 22時〜23時頃

 開催会場 妙長寺 匝瑳市小高194

 問合わせ 匝瑳市 産業振興課 0479-73-0089

 備考
 「小高のはだか参り」では、「参加希望」の「問い合わせ」が時々あるそうですが、「真冬」の「夜」の「水垢離」はとても寒く、実際の「参加者」は、「小高のはだか参り」を終えると「地元」の「家」の「お風呂」を借りているそうです。
 このため、「一般人」の「参加」は事実上「無理」があるそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1502 |
| 地域情報::匝瑳 | 10:29 AM |
「初天神(はつてんじん)」(芝山町)
 本日ご案内するのは、近隣市「芝山町」「芝山仁王尊」「観音教寺」で1月14日(祝・月)に開催されます「初天神(はつてんじん)」です。

 「観音教寺」(2011年4月25日のブログ参照)は、「山武郡芝山町」にある「天台宗」の「寺院」で、「山号」は「天応山」です。
 「観音教寺」の「御本尊」「十一面観世音菩薩」であり、「上総国薬師如来霊場」「第28番」(結願)、「新上総国三十三観音霊場」「第33番」(結願)、「東国花の寺百ヶ寺」「千葉6番札所」の「寺」でもあります。
 「観音教寺」の「仁王門」に安置されている「仁王尊」は、「火事除け」、「泥棒除け」の「仁王尊」として知られ、「芝山仁王尊」(2011年4月25日のブログ参照)とも呼ばれています。

 「芝山仁王尊」「観音教寺」の「由緒」ですが、781年(天応元年)「征東大使」「藤原継縄」が「この地」を訪れ「十一面観世音菩薩」を安置したのが「芝山仁王尊」「観音教寺」の「始まり」とされ、その後は「千葉氏」の「帰依」を受けていたそうです。

 「芝山仁王尊」「観音教寺」の「伽藍」ですが、「仁王門」(通常の「仁王門」と違い「左右」の「仁王尊」の前が「畳敷き」の「座敷」になっています。)、「本堂」、「観音教寺三重塔」、「護摩堂」(庫裏)、「不動堂」などとなっています。
 「芝山仁王尊」「観音教寺」の「観音教寺三重塔」は、1955年(昭和30年)12月15日に「千葉県」の「有形文化財」(建造物)に指定されています。
 また「芝山仁王尊」「観音教寺」では、「芝山古墳群出土埴輪」(殿塚・姫塚)(2012年6月9日のブログ参照)等を所有し、「寺内」の「芝山ミューゼアム」に展示されている「芝山古墳群」(2012年5月30日のブログ参照)から出土した「埴輪」(9点)は、1971年(昭和46年)3月26日に「千葉県」の「有形文化財」(考古資料)に指定されています。

 「初天神」は、その年の「最初」の「天神」(「菅原道真」公)を祀る「神社」(「天満宮」・「天神社」)の「縁日」です。

 「芝山仁王尊」「観音教寺」は、1月14日9時半から催行される「行事」で、「学問」の「神様」として信仰される「天神様」の「御法要」を行うそうです。
 「初天神」の行われる「芝山仁王尊」「観音教寺」には、「合格祈願」、「学業成就」を祈願し、「天神様」の「絵馬」に「願い」をかける「参拝者」であふれるそうです。

 「芝山町」の「古刹」「芝山仁王尊」「観音教寺」で催される「天神様」の「御法要」「初天神」。
 この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「初天神」詳細

 開催日  1月14日(祝・月)

 開催会場 芝山仁王尊 観音教寺 山武郡芝山町芝山298

 問合わせ 芝山仁王尊観音教寺 0479-77-0004

 備考
 「芝山仁王尊」「観音教寺」では、1月14日(祝・月)・18日(金)に「お取子祈願執行」が行われます。
 「お取子祈願執行」では、「子供」の健やかな「成長」を祈願するそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1501 |
| 地域情報::成田 | 09:48 AM |
「常世田薬師」「常灯寺御本尊御開帳」(銚子市)
 本日ご案内するのは、地元「銚子市」「常灯寺」で明日、1月8日(火)に開催されます「常世田薬師」「常灯寺御本尊御開帳」です。

 「常灯寺(じょうとうじ)」(2011年1月11日のブログ参照)は、「銚子市」にある「真言宗智山派」の「寺院」で、「山号」は「常世田山」です。
 「常灯寺」の「御本尊」は「薬師如来」であり、「地名」から「常世田薬師(とこよだやくし)」とも呼ばれています。

 「常灯寺」(「常世田薬師」)の「創建年代」等については不詳ですが、「言い伝え」によりますと、「行基」によって開創された「寺」と伝えられています。
 「常灯寺」は、「目」の「病気」に「御利益」があるとされ「人々」に篤く信仰され、「常世田薬師」と呼ばれ、広く親しまれています。
 現在「常灯寺」は、「解体修理」(2011年2月15日のブログ参照)を行っており、本年(2013年)、来年(2014年)度に「修復」を行い、再来年(2015年)3月末に修復されるそうです。

 「行基」ですが、「日本」の奈良時代の「僧」で、天智天皇7年(668年)に生まれました。
 (677年4月に生まれたという説もあります。)
 「僧侶」と「国家機関」と「朝廷」が定め「仏教」の「一般民衆」への「布教」を禁じた時代に、「禁」を破り「畿内」を中心に「民衆」や「豪族層」を問わず広く「仏法」の「教え」を説き人々より篤く崇敬されました。

 また「行基」は、「道場」・「寺」を多く建てたのみならず、「溜池15窪」、「溝」と「堀9筋」、「架橋6所」を、「困窮者」のための「布施屋」9ヶ所等の「設立」など「社会事業」を「各地」で行ったそうです。

 「朝廷」からは度々(たびたび)弾圧されましたが、「奈良の大仏」(「東大寺」ほか)建立の「実質上」の「責任者」として招聘されたそうです。
 この「功績」により「行基」は、「東大寺」の「四聖」の「一人」に数えられています。

 「常世田薬師」「常灯寺」の「本堂」は附随して「宮殿」、「棟札」とともに、昭和54年(1979年)3月2日に「千葉県」の「有形文化財」(建造物)に指定されています。
 「常世田薬師」「常灯寺」は、「千葉県内」では江戸時代前期の「密教系仏堂」の「代表例」といわれているそうです。

 「常世田薬師」「常灯寺」には、「寺宝」でもあります「木造薬師如来坐像」があります。
 「木造薬師如来坐像」は、「像高」140.9cm、「ヒノキ寄木造り」で全面に「漆箔」を施しています。
 「仏像」のふくよかな「顔」な流麗な「衣文」など随所に平安後期の特徴を残している鎌倉時代初期の「代表的」な「仏像」なのだそうです。
 「木造薬師如来坐像」の「台座」は仁治年間に修理されました「八角形」の「裳懸座」で、だそうです。
 「常世田薬師」「常灯寺」「木造薬師如来坐像」は、昭和34年(1959年)6月27日に「国」の「重要文化財」(彫刻)に指定されました。

 「常灯寺御本尊御開帳」は、「常世田薬師」「常灯寺」で年に一度催される「行事」で、「国」の「重要文化財」(彫刻)に指定されています「寺宝」「木造薬師如来坐像」が御開帳されます。
 上記のように「木造薬師如来坐像」は、「ヒノキ材」の「寄木造り」で全面に「漆箔」を施し、細かく彫り出した「螺髪」、「伏目」の「彫眼」、ふくよかな「顔」、流麗な「衣文」は平安時代後期の「定朝様式」を伝えています。

 「年」に一度「常世田薬師」「常灯寺」で1月8日の午前中のみ「御開帳」する「催し」「常灯寺御本尊御開帳」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「常灯寺御本尊御開帳」詳細

 開催日時 1月8日(火) 7時〜12時

 開催会場 常灯寺 銚子市常世田町53-1

 問合わせ 銚子市教育委員会生涯学習課文化班 0479-24-8739

 備考
 江戸時代から明治時代にかけ、「常世田薬師」「常灯寺」は、「東総の三薬師」として隆盛を極めていたそうです。
 ちなみに「東総の三薬師」とは「銚子市」の「常灯寺」、「旭市」の「尾世川薬師寺」、「匝瑳市」の「泉養院」(現在、廃寺)だったそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1499 |
| 地域情報::銚子 | 10:47 AM |
「絵になるまち佐原絵画コンクール」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「佐原町並み交流館」で2012年12月19日(水)〜2013年1月16日(水)の期間開催されます「絵になるまち佐原絵画コンクール」です。

 「香取市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「北部」は「茨城県」と接しています。
 「香取市」は、「東京」から70km圏にあり、「世界」への「玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際航空」(2012年12月10日のブログ参照)から15km圏に位置しています。
 「香取市」「北部」には「水郷」の「風情」が漂う「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)が「東西」に流れ、その「流域」には「水田地帯」が広がり、「南部」は「山林」と「畑」を中心とした「平坦地」で「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の一角を占めています。

 「香取市」には、「日本」の「原風景」を感じさせる「田園」・「里山」や、「水郷筑波国定公園」(2012年8月3日のブログ参照)に位置する「利根川」周辺の「自然景観」をはじめ、「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)のひとつ「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「舟運」で栄えた「佐原のまち」には「日本」で初めて「実測日本地図」を作成した「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)の「旧宅」(国指定史跡)(2012年2月24日のブログ参照)、江戸時代から昭和初期に建てられた「商家」や「土蔵」が現在もその「姿」を残し、「関東地方」で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されるなど、「香取市」は、「水」と「緑」に囲まれ、「自然」・「歴史」・「文化」に彩られた「まち」です。

 「香取市」では、「行事」も「年間」を通して盛んに行われ、4月には「小見川城山公園」(2011年2月26日のブログ参照)や「佐原公園」(諏訪公園)(2012年2月17日のブログ参照)を初めとする「市内各所」に「桜」が咲き誇り、6月には「東洋一」の「規模」を誇る「水郷佐原水生植物園」(2012年4月26日のブログ参照)において、400品種150万本の「花菖蒲」(2011年5月27日のブログ参照)が色とりどりに咲き誇ります。

 また「香取市」では、「夏」(7月)(2011年7月11日・2012年7月9日のブログ参照)と「秋」(10月)(2011年10月3日・2012年10月10日のブログ参照)には「佐原囃子」(2012年2月23日のブログ参照)の「調べ」に乗って、「山車」が「佐原のまち」を曳き廻される「勇壮絢爛(ゆうそうけんらん)」な「佐原の大祭」(国指定重要無形民俗文化財)(2011年7月13日のブログ参照)が盛大に開催されるほか、「関東」でも「有数の歴史」と「規模」を誇る「水郷おみがわ花火大会」(2010年7月28日・2011年6月28日・7月28日・2012年7月29日のブログ参照)や「黒部川」(2012年3月10日のブログ参照)での「水上スポーツ」(2012年7月14日・10月5日のブログ参照)も盛んに行われています。

 「香取市」の「産業面」では、温暖な「気候」と肥沃な「農地」に恵まれ、「首都圏」の「食糧生産地」の「役割」を担っています。
 また「香取市」は、古くから「水郷」の「早場米産地」として知られる「米どころ」で、さらに「香取市」は「食用甘しょ」の「生産」・「販売額」「全国一」を誇る「千葉県内」で一番の「甘しょ生産地」であり、「日本一」の「食用甘しょ」の「生産地」といえます。

 「水運」を利用して「江戸優り(えどまさり)」といわれるほど栄えていた「香取市」「佐原地区」。
 人々は、「江戸」の「文化」を取り入れ、更にそれを独自の「文化」に昇華していたそうです。
 その「面影」を残す「佐原の町並み」が「小野川」(2012年9月7日のブログ参照)沿岸や「香取街道」に今でも残っています。

 このような「歴史景観」をよく残し、またそれを活かした「まちづくり」に取り組んでいることが認められ、平成8年12月、「関東」で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)に選定されました。
 「佐原」の「重伝建」は「昔」からの「家業」を引き継いで今も「営業」を続けている「商家」が多く、
 「生きている町並み」
 として評価されています。

 「美しい風景に出会うと、絵を描きたくなる。
 元々、絵が好きだから、かもしれない。
 でも、ここには、絵が書きたくなる理由がある。
 絵になるまち佐原。
 あなたもこのまちをえがいてみませんか?」
 と「佐原商工会議所」主催で、「絵になるまち佐原絵画コンクール」がこの度(たび)、「佐原町並み交流館」(2012年1月27日のブログ参照)にて昨年(2012年)暮れから開催しています。

 「絵になるまち佐原絵画コンクール」は、毎年開催されている「催し」で、「作品テーマ」として「佐原の町並みを描いた作品」を出品し審査。
 「入賞入選」は「佐原しんきん街かどギャラリー」にて展示、「ポストカード化」されるそうです。

 「絵になるまち佐原絵画コンクール」の「応募資格」は制限なしで、「出品点数」は一人一点、「規格」は「水彩画」・「油絵」10号以下、「応募方法」は「出品申込書」「出品票」「作品預かり書」を記入の上、「郵送」か「FAX」で募集していました。
 (受付は終了しています。)
 「応募作品」は「原則」「額装」だったそうです。

 本年度「絵になるまち佐原絵画コンクール」「最優秀賞」は「蔵のある街2012」、「優秀賞」は、「町並みの風景」、「裏参道」、「与倉屋さん」、「香取市長賞」は、「小野川散歩」、「佐原商工会議所会頭賞」は、「水の郷さわら小野川沿いにて」、「佐原信用金庫理事長賞」は、「倉庫のある風景」、「小野川と佐原の町並みを考える会理事長賞」は、「昼下がりの街」、「佳作」は、「佐原町並み」、「初夏の小野川」、「穏やかな日」、「佐原駅」、「小野川沿いの民家」、「小野川沿いの商家と観光遊覧船」、「変わらぬもの」、「伊能忠敬記念館」、「水ぬるむ」、「春」、「遥かなる街佐原」、「小野川 新橋からの町並」、「小野川沿いの風景」、「佐原の商家」、「香取街道」、「絵になる街佐原の「写生会にて」」、「佐原秋大祭手踊り」が選考されています。

 美しい「佐原の町並み」を「絵画」に表現した「優秀作」が展示された「企画展示」「絵になるまち佐原絵画コンクール」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「絵になるまち佐原絵画コンクール」詳細

 開催期間 2012年12月19日(水)〜2013年1月16日(水)予定

 開館時間 10時〜17時

 開催会場 佐原町並み交流館 香取市佐原イ1903-1

 休館日  第2月曜日

 問合わせ 佐原商工会議所 0478-54-2244

 備考
 「絵になるまち佐原絵画コンクール」の「入選作品」は、「佐原商工会議所HP」にアップされています。













| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1498 |
| 地域情報::香取 | 10:02 AM |
「栢田仁組獅子舞(はくたじんくみししまい)」(匝瑳市)
 本日二つ目にご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「栄地区」「栢田(はくた)」で1月8日(火)に開催されます「栢田仁組獅子舞(はくたじんくみししまい)」です。

 「匝瑳市」は、平成18年1月23日、「八日市場市」と「野栄町」が合併して誕生しました。
 「匝瑳市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「首都」「東京」からは70km圏、「成田国際空港」()からは「車」で30分の「距離」にあります。
 「匝瑳市」の「中心部」を「JR総武本線」と「国道126号線」が「東西」に走り、「成田方面」とは「国道296号線」で結ばれています。

 「匝瑳市」の「総面積」は、101.78平方kmで、みどり豊かな恵まれた「大自然」と「歴史」のある「まち」です。
 「匝瑳市」の「北部」は、「谷津田」が入り組んだ「複雑」な「地形」の「台地部」となっており、「里山」の「自然」が多く残されています。
 「匝瑳市」「南部」は、「平坦地」で「市街地」を除いてほとんどが「田園地帯」となっており、「白砂青松」の続く「九十九里海岸」(九十九里浜)()に面しています。
 「匝瑳市」の「気候」は「海洋性」の「温暖」な「気候」で、「年間平均気温」は15度、「東京周辺」に比べると、「夏」涼しく「冬」暖かい、とても過ごしやすい「土地柄」で、「冬」でもほとんど「降雪」は見られません。

 「栄地区」は、「匝瑳市」の「前身」「野栄町」の旧「栄村」にあたる「地区」です。
 旧「栄村」の「創設」ですが、「栢田」・「川辺」・「堀川」の「三村」を合併して「栄村」が設置されました。
 「栄村」に合併された「三村」は、「戸長役場」の「所轄」および「学区」ともに「単一」である上に、「各村」とも「農漁業」を「生業(なりわい)」として「人情」、「風俗」、「生活」の「状態」を同じくし、さらに「用水施設」の「経営」・「使用」につき「関係地域」のみにおいて「共同」の「関係」をもつなど、「合併」に「適当」な「状態」にあったそうです。
 「新村名」は、「新村」の「繁栄」に対する「村民」の「希念」を表徴して「栄村(さかいむら)」と「命名」されたそうです。

 「匝瑳市」「栄地区」「栢田」では、毎年1月8日、「初茶飯」の「祝い日」に「五穀豊穣」と「無病息災」を祈り、「獅子舞」が「地区」の「各戸」を回って「悪魔払い」をするために、「栢田仁組獅子舞」が行われています。
 「栢田仁組獅子舞」は、上記のように「大人」2人であやつる「獅子」が、「仁組集落」内の「各戸」を回って「悪魔払い」をすることど、「五穀豊穣」・「無病息災」を祈念する「伝統行事」です。

 「栢田仁組獅子舞」は、天明年間(1781年〜1788年)の「飢饉(ききん)」、「大凶作」が相次ぎ「田んぼ」で「五穀豊穣」、「無病息災」を祈念してつくられた「獅子舞」なのだそうです。
 そして「上総作田」の「住人」が、「五穀豊穣」と「疫病」の「退散」を祈願し「獅子舞」を演じて「近辺」に普及させたのが「始まり」で、「旧栢田村仁組」の「人達」が「習い」覚えたものだそうです。

 「栢田仁組獅子舞」では、「獅子」が「伴奏」の「はやし」に合わせ、「仁組」の「家」をめぐる「平獅子」、「狂い獅子」、「梯子獅子」などがあり、なかでも「高さ」12mの「梯子」の「上」ど舞う「獅子」が「特徴」を感じるそうです。
 「栢田仁組獅子舞」は、「仁組地区」、「栢田地区」、「新川(にいかわ)地区」で行われています。

 「栢田仁組獅子舞」が行われる当日は、20数軒の「家」に「獅子」が上がり、「笛」や「太鼓」の「音」に合わせて「華麗」な「舞い」を「披露」し、「獅子舞」の「訪問」を受けた「家庭」の「人達」は、「自分」の「体」を「獅子」に触れてもらうなど、それぞれが「新年」への「幸せ」を願うそうです。

 「匝瑳市」「栄地区」「栢田」に伝わる「伝統行事」「栢田仁組獅子舞」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「栢田仁組獅子舞」詳細

 開催日  1月8日

 開催地区 匝瑳市栄地区 匝瑳市栢田5931

 問合わせ 匝瑳市生涯学習課生涯学習室 0479-67-1266

 備考
 「栢田仁組獅子舞」は、「千葉県」の「県指定無形民俗文化財」に指定されています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1588 |
| 地域情報::匝瑳 | 07:17 PM |
「白馬祭(おうめさい)」(鹿嶋市)
 本日ご案内するのは、近隣市「鹿嶋市」「鹿島神宮」で明後日(あさって)の1月7日(月)に開催されます「白馬祭(おうめさい)」です。

 「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)は、「茨城県」「鹿嶋市」「宮中」に鎮座する「神社」で、「武甕槌大神(たけみかづちのおおかみ)」を祀っています。
 「武甕槌大神」は、「天照大神(あまてらすおおかみ)」の「命令」を受けて、「経津主神(ふつぬしのかみ)」(香取神宮の御祭神)とともに、「天孫降臨(てんそんこうりん)」に先立ち、「高天原(たかまがはら)」より「出雲(いずも)国」(島根県)に降(くだ)り、「大国主神(おおくにぬしのかみ)」と「国譲り」の「交渉」をしたと「神話」で語られる「神様」で、「神武(じんむ)天皇」の「大和(やまと)国」(奈良県)入国にも「天皇」を「守護」したと伝えられていますが、その「神武天皇」が「即位」ののち、「神恩感謝」のため「当地」「鹿島の地」に祀らせたのが「鹿島神宮」の「起源」と「伝承」されています。

 「常陸国風土紀(ひたちのくにふどき)」に、そのあと「崇神(すじん)天皇」の「代」になり、「大阪山」に「大神」が現れ、「中臣神聞勝命(なかとみのかむききかつのみこと)」の代になり、「大阪山」に神託し、それにより「天皇」は「大刀(たち)」、「鉾(ほこ)」、「鉄弓」など多くの「幣物」を奉ったと記し、さらに「日本武尊(やまとたけるのみこと)」のとき、「神示」により「舟」3隻を奉納したと記されています。
 このことから「大和朝廷」の「東方経営」とともに、「武神」としての「鹿島神宮」が創建されたのであろうと推察されます。

 古くより、「鹿島神宮」は、「中臣氏」が奉仕しておりますが、「風土記」に「神戸65烟」と記していますが、「新抄格勅符抄」に、786年(延暦5年)に「神封105戸」と記されています。
 奈良時代、「九州防備」に赴(おもむ)く「東国」の「防人(さきもり)」が、まず「鹿島神宮」に詣(もう)でて出発したことより「鹿島立(だ)ち」の「語」が生じ、それが広く「旅立ち」の「意」に用いられたのは、「鹿島神宮」が古くより知られていたためとみられています。

 「白馬祭」は、「鹿島神宮」で行われる「神事」です。
 「白馬祭」は、「新年」に「白馬」を見ると「一年間」の「邪気」を祓うといわれる「信仰」と、「皇祖」以下「祖霊」や「諸神」をまつる「祭儀」です。
 「白馬祭」では、「鹿島神宮」「境内」を「神馬」が疾走し、「勇壮」な「鹿島立ち」の「神事」なのだそうです。

 「白馬祭」当日は、時間になりますと「鹿島神宮」「楼門」のほうから「拝殿」のほう(「馬」のいる「稲荷社」のほう)に「神職」が「馬」を迎えに行き、「鹿島神宮」に「馬」(白馬)が入場します。
 「馬」(白馬)が入場すると「拝殿」前の「広場」にて、「宮司」が「祝詞(のりと)」を読み上げ、「広場」では、「馬」がぐるぐると歩くそうです。

 「馬」(白馬)をみることで、1年の「邪気」が祓われるという「鹿島神宮」「行事」「白馬祭」。
 この機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「白馬祭」詳細

 開催日時 1月7日(月) 18時〜

 開催会場 鹿島神宮 茨城県鹿嶋市宮中2306-1

 問合わせ 鹿島神宮 0299-82-1209

 備考
 「白馬祭」では、「馬」(白馬)が歩くところに「ハンカチ」等を置き、「馬」(白馬)に踏ませるそうです。
 「白馬祭」の「馬」(白馬)に踏まれた「ハンカチ」を持つと「心願」が叶うとされています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1497 |
| 地域情報::鹿島 | 09:08 AM |

PAGE TOP ↑

(C) Copyright Inubozaki Kanko Hotel. All rights reserved.