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「通蓮洞」(旭市)(銚子市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」「銚子市」にある「屏風ヶ浦(びょうぶがうら)」の中にある「通蓮洞(つうれんどう)」です。

 「屏風ヶ浦」(5月20日のブログ参照)は、「銚子市潮見町」と「旭市」(旧「海上郡飯岡町」)の「刑部岬(ぎょうぶみさき)」(5月26日のブログ参照)間、約10kmにわたって続く高さ35m〜60mに及ぶ「断崖絶壁(だんがいぜっぺき)」です。
 「太平洋」の「海蝕(かいしょく)」によって創り出された「景観」が、「イギリス」と「フランス」の間にある「ドーバー海峡」の「白い崖」に似ている所から、「日本のドーバー」或(ある)いは「東洋のドーバー」といわれています。

 「屏風ヶ浦」は、「波浪(はろう)」や「風雨」などの「影響」で浸蝕(しんしょく)が激しく、「名洗地域」では過去50年ほどの間に40m後退したそうです。
 また「屏風ヶ浦」西端の「旭市」にある「刑部岬」は今よりかなり「沖」まで延びており、鎌倉時代には約6km位先まで「陸地」があったと言われています。
 そして「刑部岬」の近くに、平安時代末期頃、「片岡常春」の「居城」であった「佐貫城(さぬきじょう)」がありましたが、浸蝕によって「海底」に没してしまったといわれています。
 しかし浸蝕の速度は年間に40m〜50mとする「学説」もあり、実際には「城」があった当時からの後退は、約350m前後ではないかと考えられているそうです。
 近年、県内の「城郭研究家」などが、「旭市上永井」の「屏風ヶ浦」上(「磯見川」河口西側の台地)に、「城郭」の「一部」が残っているという「調査結果」を発表しています。

 今回ご紹介する「通蓮洞」は、「磯見川」の河口付近にある「洞窟(どうくつ)」のことで、「名所」として賑わい、「通漣洞」、「通漣坊」、「潮漣洞」とも読み書きしていました。
 「千葉縣海上郡誌」の「潮漣洞」の「項」には、
 「豊岡小浜磯見川の河口にあり、一名「通漣坊」ともいう。
 潮汐(ちょうせき)沿岸を洗い、岩石為めに穿(うが)たれて一の大なる竈(かまど)形の空洞を生ず。
 一洞崩壊すれば、随(したがって)って一洞を生ず。
 世俗之(これ)を「延命淵」と称す。
 数十年前には、川の左右両岸に大小二個あり。
 小なるを「女竃(めがま)」と称し、大なるを「男竃(おがま)」と称せり。
 海上浪(なみ)高き時は、侵入する潮汐、恰(あたか)も長鯨(ちょうげい)の水煙を呼出(こしゅつ)するが如く、実に奇観なり。
 遠近伝えて奇異の顕象(けんしょう)となし、夏季観客常に絶えずという。」
 と記され、「通蓮洞」の「項」には、
 「小浜磯見川の河口に「通漣洞」あり。
 往昔(おうせき)「安倍晴明(あべのせいめい)」、垣根長者の娘「延命姫」の慕(した)うところとなる。
 「晴明」之(これ)を厭(きら)い、夜に乗じて逃れ去る。
 姫追慕、踪跡(そうせき)を尋ねて此(ここ)に至る。
 「晴明」履(くつ)を岩上に残し、去て「真福寺」に入る。
 姫至り之を見て、「晴明」既に死せりとなし、身を踊らして怒涛(どとう)の淵に投ず。
 空洞此(この)時より生じ、随(したがっ)て破るれば随て成る。
 居民此処(ここ)を称して「延命が淵」と云う。」
 と記されています。

 要約しますと「陰陽師(おんみょうじ)」の「安倍晴明」と「夫婦」になった「長者」の「娘」、「延命姫」は、醜い顔の「痣(あざ)」のために「晴明」に嫌われ、逃げられてしまいます。
 後を追った「延命姫」が「通蓮洞」のところに行ってみると、そこには「晴明」の「衣類」と「草鞋(わらじ)」が。
 絶望した「姫」は「晴明」を慕って「海」に「身」を投げてしまいました。
 しかし「晴明」は死んでおらず、「姫」を騙したという「悲しい物語」です。

 上記のような「延命姫伝説」の「舞台」でもある「通蓮洞」は、「旭市」との境にあり、「小浜側」の「男竃」は、「小浜通蓮洞」、「上永井側」の「女竃」は「上永井通蓮洞」と呼ばれていて、「男竃」は明治30年代に消滅し、「女竃」は「岩山」の「残骸」が昭和30年代まで見られ、河口の「砂洲(さす)」が広く美しかったそうです。
 また「岩」が「潮」を噴き上げる壮観な「景観」は、素晴らしく風光明媚(ふうこうめいび)な場所であったそうです。

 現在「通蓮洞」へは「畑」の中の「道」を入った奥にある「空き地」に「車」を停めて、徒歩で「海岸」まで降りていくことになりますが、「通蓮洞」跡へ続く「遊歩道」は現在「立ち入り禁止」となっていています。

 「悲しい物語」の「舞台」であり、風光明媚な「観光地」であった「通蓮洞」。
 「通蓮洞」に想いを馳せ、「景勝地」「屏風ヶ浦」「刑部岬」にお出かけしてみませんか?

 備考
 「陰陽師」「安倍晴明」と「延命姫」にゆかりのある「スポット」のひとつは「川口神社」(2010年12月22日のブログ参照)です。
 「通蓮洞」で「延命姫」が「身」を投げ、「川口」に流れ着いた「姫」の「歯」や「櫛(くし)」を、土地の人が憐れんで、「川口神社」の「丘」に埋め「祠(ほこら)」を建てて祀ったそうです。


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| 地域情報::旭 | 11:08 AM |
「銚子入梅(にゅうばい)いわしまつり」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」で昨日6月1日(金)〜7月1日(日)の期間開催されます「銚子入梅(にゅうばい)いわしまつり」です。

 「入梅」とは「梅雨(つゆ)入り」を意味する言葉ですが、「歳時記」を記した「カレンダー」には毎年6月11日頃に「入梅」と記してあります。
 この「入梅」は「雑節」(季節の移り変わりを把握したもので「節分(せつぶん)」「彼岸(ひがん)」「八十八夜(はちじゅうはちや)」など)のひとつで、あらかじめ「日付」が決まっています。
 現在は「太陽」の「黄経」が80度に達した日が「入梅」ですが、以前は「立春」から数えて135日目、さらに「昔の暦」では「芒種」のあとの最初の「壬(みずのえ)の日」とされていました。
 こうした日付は実際の「梅雨入り」とは異なりますが、「農作業」の「目安」として重要視されていました。
 ちなみに「梅雨明け」のことは「出梅(しゅつばい)」というそうです。

 「銚子漁港」(1月24日のブログ参照)は、全国屈指の「いわし水揚げ量」を誇る「港」で、中でも「梅雨時」の「マイワシ」は「入梅いわし」(5月17日のブログ参照)と呼ばれ、脂がのって「味」が美味しいことで知られています。
 「銚子市」では「旬」の「魚」を使った「観光キャンペーン」ないし「観光イベント」ができないかと考え、昨年(2011年)から様々な取り組みを始めました。

 その第一弾として、昨年に開催されました「銚子いわしまつり」(2011年7月29日のブログ参照)。
 ちなみに「銚子いわしまつり」は、7月16日(土)〜8月31日(水)の期間開催されました。
 「銚子いわしまつり」参加店は、「銚子駅エリア」6軒、「漁港エリア」5軒、「犬吠埼エリア」6軒、「356エリア」3軒の20軒が参加していました。
 夏場の期間ということもあり、初の試みながら好評で1100食を売り切ったそうです。

 前回の「銚子いわしまつり」に続く第二弾として「銚子入梅いわしまつり」が行われます。
 「銚子市」で「梅雨時」に水揚げされる「いわし」を堪能できる「入梅いわしまつり」は、「銚子市内」14の「店舗」が、「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」(1200円〜1600円)を販売します。
 「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」の「内容」ですが、「主食」は「入梅いわし」を使った「丼もの」1品、「副菜」は「いわし」を調理したもの1品、「汁物」は「いわし」を「具材」としたもの(「団子汁」等)1椀となっています。

 また「銚子入梅いわしまつり」開催期間中、「統一メニュー」「入梅いわし丼膳」を食べていただいた方に、「オリジナルしおり」をプレゼントするそうです。

 「梅雨時期」に「銚子港」に水揚げされ、最も脂がのって美味しい「入梅いわし」。
 美味しい「いわし料理」を食べに、「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「銚子入梅いわしまつり」詳細

 開催期間 6月1日(金)〜7月1日(日)

 開催会場 入梅いわしまつり参加店 銚子市内各所

 問合わせ 銚子いわしまつり・生まぐろまつり実行委員会 (銚子市産業観光部観光商工課観光班) 0479-24-8707

 備考
 「銚子入梅いわしまつり」の「パンフレット」に描かれている「縞柄(しまがら)」は、「千葉県指定無形文化財」「千葉県伝統的工芸品」である「銚子ちぢみ」(1月11日のブログ参照)の「いわし柄」だそうです。







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| 地域情報::銚子 | 11:13 AM |
「嫁入り舟」(香取市)(潮来市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「水郷佐原水生植物園」で開催されている「水郷佐原あやめ祭り」と「茨城県潮来市」「前川あやめ園」他で開催されている「水郷潮来あやめまつり大会」期間中に行われている「嫁入り舟」です。

 「水郷」とは、「水」のほとりの「村」、または「河川」や「湖沼」が多くある「景勝地」、特に「千葉県」・「茨城県」にまたがる「利根川」下流域から「霞ヶ浦(かすみがうら)」にかけての「低湿地帯」の「称」のことです。
 明治時代から昭和の初めにかけて「水郷」は「すいきょう」と呼ばれ、「水」のほとりの「村」を指していました。
 このころ「文人墨客」により「日本」の各地で「水郷」と呼ばれている場所がありましたが、その中でも「利根川」「下流」から「霞ヶ浦」にかけての「地域」を「水郷(すいごう)」と呼ぶようになりました。
 現在では、「河川」の「合流部」や「下流」の「三角州地域」、「湖沼」の近くなどの「低湿」な「水辺地域」のことを「水郷」と呼ぶことが多いです。
 また「水郷」では、一般的に「移動手段」として「舟運」が発達していました。

 「水郷」(潮来・香取)では、「利根川」下流には、「利根川」によって持ち運んでくる「土砂」のため「三角洲」ができました。
 江戸時代、天正7年(1579年)時(とき)の「代官」「吉田主馬亮」の「指揮」により、「新田開拓」が始められ、「加藤洲十二橋」のある「加藤洲」が寛永3年(1626年)に整地されたそうです。
 「加藤洲地区」は「千葉県香取市」と「茨城県潮来市」の「県境」を流れる「常陸利根川」の南岸に位置し、地区内を流れる「新左衛門川」の両側に並ぶ「民家」をつなぐように12本の「橋」がかけられています。
 ここでは、「一島二戸」の「生活」が営まれ「隣家」との往復のため設けられた「橋」が、「十二」あることから「十二橋」の「名」がつけられました。

 現在開催中の「水郷佐原あやめ祭り」(5月24日のブログ参照)と「水郷潮来あやめまつり」(5月14日のブログ参照)。
 両「あやめまつり」ともいよいよ「あやめ」の見頃「6月」を迎え、ますます賑わいを見せます。
 「あやめ」「花菖蒲」が咲き誇る「水郷あやめまつり」の「会場」で、「嫁入り舟」が行われます。

 「嫁入り舟」は、「水郷地区」で、昭和30年代まで行われていた「小船」による「嫁入り」です。
 「土地改良事業」をはじめとする「開発事業」が行われる昭和30年前半までは、「水郷地方」は「水路」によって形成された「生活形態」であったことから、「嫁入り」する際の「花嫁」や「嫁入り道具」等を運搬するときにも「サッパ舟」が使われており、これが「嫁入り舟」のはじまりだとされています。

 「水郷佐原水生植物園」の「嫁入り舟」ですが、「新郎」を乗せた「船」が出航、続いて「新婦」を乗せた「船」が続き、2艘の「船」が相前後して「挙式」の行われる「会場」へゆっくりと向かいます。
 「三三九度」「指輪の交換」等の「挙式」が行われた後、「新郎新婦」が同じ「船」に乗り「水郷佐原水生植物園」園内の「水路」を「船」で巡り、「関係者」「観光客」の皆さん方に「お披露目」するそうです。

 「水郷潮来あやめまつり」の「嫁入り舟」ですが、咲き誇る「あやめ」を「背景」に行われ、白い「花嫁衣装」が青い「水面(みなも)」に浮かぶ様は、一幅の「絵」のように美しいそうです。
 この「嫁入り舟」が全国的に知られるようになったのは、昭和31年10月の「松竹映画」「花嫁募集中」とタイアップし「ミス花嫁」を募集したことが「きっかけ」となり、「花村菊江」さんの「潮来花嫁さん」の「大ヒット」によりさらに全国的に知られるようになりました。

 当時「江間(えんま)」という「水路」が網羅されていた「潮来」では、「嫁入り」も「舟」であったそうです。
 しかし、「生活形態」や「交通手段」(「陸運」から「水運」)が変化してしまってからは、「河川」や「水路」(「江間」)も「姿」を消してしまい、「サッパ舟」を使った「嫁入り舟」を見ることが出来なくなってしまったそうです。

 このような中、昭和60年(1985年)に行われた「つくば国際科学技術博覧会」(潮来の日)の際に、「イベント」として「嫁入り舟」を復活させたのがきっかけとなり、現在の「あやめまつり大会」においても「イベント」として行われるようになり、今では「水郷潮来」を代表する「行事」となりました。

 「水郷潮来あやめまつり」の「嫁入り舟」ですが、「前川あやめ園」で行われます。
 まず「潮来花嫁さん」の「記念碑」前に到着後、「船頭」・「仲人(なこうど)」と共に「花嫁」は「園路」を歩き、「前川あやめ園」隣接の「船着場」から、「舟」に乗ります。
 「花嫁」たちは、「祝い舟」に乗って「花婿」の許(もと)に向かいます。
 「嫁入り舟」は「水郷」ならではの「光景」ですが、「新郎新婦」にとって「川」が「バージンロード」になっています。
 「嫁入り舟」「白無垢(しろむく)」の「衣装」を着た「花嫁」を見送ろうと「前川あやめ園」側の川べりには多くの「観光客」や「関係者」の皆さんで賑やかになり、「祝い囃子」の「演奏」の中を船出していきます。
 「花嫁」たちの「祝い舟」が、「花婿」が待つ「向こう岸」の「船着場」に着くと「あやめ園」は「祝福ムード」いっぱいになるそうです。

 ちなみに「嫁入り舟」ですが、「香取市」「水郷佐原あやめ祭り」では、6月3日(日)、9日(土)、16日(土)に行われ、「潮来市」「水郷潮来あやめまつり」では、期間中(5月19日〜6月24日)の「水曜日」「土曜日」「日曜日」に行われています。

 「水郷情緒」溢れる「香取」・「潮来」で行われる「初夏」の「日差し」の中「新たな門出」の「催し」「嫁入り舟」。
 「嫁入り舟」など「イベント」盛り沢山の「旬」の「催し」「水郷佐原あやめ祭り」「水郷潮来あやめまつり」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 今年(2012年)の「潮来市」の「前川あやめ園」の「嫁入り舟」には、過去最多となる38組が参加するそうです。

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| 地域情報::鹿島 | 01:02 PM |
「龍夢(ドラム)君」「栄町キャラクター」(栄町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「栄町」の「キャラクター」「龍夢(ドラム)君」です。

 「栄町」の属する「印旛郡(いんばぐん)」は、「千葉県」の「郡」で、人口43119人、面積51.48平方kmで、「酒々井町(しすいまち)」・「栄町」2町を含む「郡」です。
 ちなみに「郡」は「行政区画」の一種です。

 「印旛郡」の「郡域」ですが、1878年(明治11年)に「行政区画」として発足した当時の「郡域」は、現在の「行政区画」では概ね次の「区域」に相当していました。
 「千葉市」(花見川区大日町、宇那谷町)、「成田市」(下方、台方、江弁須、飯田町、飯仲、並木町以南)、「佐倉市」、「柏市」(呼塚新田、柏堀之内新田、柏下、柏中村下、戸張新田)、「八千代市」(勝田、勝田台、勝田台南を除く「印旛放水路」以東)、「鎌ヶ谷市」(軽井沢)、「四街道市」、「八街市」、「印西市」、「白井市」、「富里市」、「酒々井町」、「栄町」(長門川以西)があり、後に「成田市」(安西、磯部、水掛、四谷、幡谷、土室、芝、大室、十余三、新田、川上以西)、「栄町」(長門川以東)が「下植生郡」から「印旛郡」に編入されています。
 上記が旧「印旛郡」の「区域」で、「印旛郡役所」は現在の「佐倉市」「佐倉市立美術館」の「駐車場」の「位置」に置かれていたそうです。

 「印旛郡栄町」は、北に「利根川」が流れ、南には「印旛沼」(2011年2月23日のブログ参照)があり、「成田市」と「印西市」に挟まれ、「茨城県」に隣接する「千葉県」北部の「町」です。
 「栄町」の「町の木」は「山茶花(さざんか)」、「町の花」は「竜胆(りんどう)」です。
 「利根川」と「印旛沼」に囲まれた「自然」豊かな「町」「栄町」には、1300年の「歴史」を誇る「関東最古」の「寺院」のひとつ「龍角寺」(1月2日のブログ参照)や、「方墳」では「関東最大級」の「岩屋古墳」(2月27日のブログ参照)、昭和51年(1976年)に開館し、江戸時代の「佐倉」の「城下町」をモデルとし様々な「体験」ができる「房総のむら」、総面積約32ha(ヘクタール)の自然豊かな敷地に約78基の「古墳」がある「千葉県立風土記の丘」など見処が多い「町」でもあります。
 その中でも「龍角寺」に伝わる「龍神伝説」(1月2日のブログ参照)や「龍角寺」(地名)の「七不思議の民話」(3月5日のブログ参照)は、「北総」の「伝承」として伝えられています。

 「栄町」の「龍角寺」に伝わる「龍伝説」ですが、709年か、「竜女」が現れ「一夜」のうちに「諸堂」を建立したと伝えられる「龍角寺」に伝わる「伝説」です。
 「龍角寺」は、天平3年(731年)の「大干魃(だいかんばつ)」の折、「寺」の「釈命上人(しゃくめいじょうにん)」が「雨乞い」に「祈祷」を行うと、「印旛沼」の「主」の「小龍」が現れ、自らの命を「犠牲」にしてこの「願い」を聞き入れ、「待望の雨」を降らせ、人々や「大地」を生き返らせてくれた「竜の頭部を奉った」という「言い伝え」の残る「龍伝説」の「お寺」です。

 そして、今回ご紹介する「龍夢(ドラム)君」は、上記の「龍伝説」から生まれた「栄町」の「キャラクター」です。
 「龍夢(ドラム)君」の「由来」ですが、「栄町」の「龍伝説」に因(ちな)み、「龍(ドラゴン)」の「ドラ」と、「町民に夢や未来を与える」との「願い」から、「夢」の「ム」を合わせ、「ドラム」と名付けられました。

 「龍夢(ドラム)君」は、「栄町」町内はもちろん、色々な場所、イベントにて「栄町」の「良さ」をPRしているそうです。
 また「栄町」の「ドラムの里情報館」(龍夢事務局)にて「龍夢(ドラム)君」「写真集」を公開中です。

 「龍夢(ドラム)君」グッズですが、「栄町オリジナル」として「龍夢(ドラム)君ポロシャツ」と「龍夢(ドラム)君Tシャツ」があります。
 「龍夢(ドラム)君ポロシャツ」は、「綿100%」で「ポロシャツ」の「胸部分」に「かわいい龍夢(ドラム)君」の「イラスト」入りの「デザイン」で、カラーは、「濃紺」、「白」、「ピンク」、「水色」の4色となっており、「ドラムの里四季彩館・情報館」にて、2450円(税込)で販売されています。
 「龍夢(ドラム)君Tシャツ」は、「胸部分」に「龍夢(ドラム)君」の「ワンポイント」と、「バックプリント」に「栄町」と「龍夢(ドラム)君」がデザインされた「Tシャツ」で、カラーは「白」、「グレー」、「黒」、「濃紺」の4色で、「ポロシャツ」と同じく「ドラムの里四季彩館・情報館」で、1500円(税込)で販売されています。

 また「栄町龍夢(ドラム)君ONLINEショップ」にて、「ドラム君オリジナルキャップ」や「ドラム君ストラップ」、「ドラム君Flash!ピンバッチ」を好評発売中だそうです。

 「龍伝説」が伝わる「印旛郡栄町」の「ゆるキャラ」「龍夢(ドラム)君」。
 「龍夢(ドラム)君」に会いに「栄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 「栄町」の「キャラクター」は「龍夢(ドラム)君」ですが、近隣市の「キャラクター」には、「佐倉城下町400年キャラ」「カムロちゃん」や「成田市観光キャラクター」「うなりくん」(2011年1月15日のブログ参照)、「成田空港イメージキャラクター」「クウタン」、「印西市マスコットキャラクター」「いんザイ君」(2月6日のブログ参照)などがあります。









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| 地域情報::成田 | 10:50 AM |
「芝山古墳群(しばやまこふんぐん)」(横芝光町)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「横芝光町(よこしばひかりまち)」にある「芝山古墳群(しばやまこふんぐん)」です。

 「芝山古墳群」は、「山武郡横芝光町」にある「古墳群」で、「名称」は「芝山古墳群」ですが「芝山町」ではなく「横芝光町」にあり、「中台古墳群」とも呼ばれています。

 「九十九里平野」中央を流れる「木戸川」東岸の「台地」上にある「古墳群」で、「殿塚」及び「姫塚」の2基の「前方後円墳」を中心として13基の「円墳」が群在しています。
 1956年(昭和31年)に「早稲田大学」による「殿塚」および「姫塚」の「発掘調査」が行われ、全国的にも珍しい「葬列はにわ」がほぼ完全な形で出土し、それまで不明であった「形象埴輪」の「配列」の「意味」を知ることのできる「最初の発見」であったそうです。

 従来、「殿塚・姫塚古墳」の「造営時期」は6世紀後半から7世紀初頭とされ、「両古墳」のうちでは「殿塚古墳」が先行するとされていました。
 しかし、「町境」を越えた「芝山町」に隣接する「小池大塚古墳」が「埴輪」を持たないことから「殿塚・姫塚古墳」に続いて造営された同一勢力の終末期の「前方後円墳」であるとされ、さらに「南西」の「山武市」の「境川」流域の「胡麻手台16号墳」はそれより新しい「最終段階」の「前方後円墳」であることが判り、さらに「南西」の「作田川」東岸にある「前方後円墳」終焉後の「大型方墳」と考えられる「駄ノ塚古墳(だのつかこふん)」については、「発掘調査」の結果の「造営時期」の見直しも必要となり、現在のところ6世紀後半の「造営」とするのが妥当とされています。

 「芝山古墳群」そのものは、1958年(昭和33年)6月28日に「国の史跡」に指定されました。
 「芝山古墳群」(「殿塚・姫塚」)「出土埴輪」(9点)は、1971年(昭和46年)3月26日に「千葉県」の「有形文化財」(考古資料)に指定され、「芝山町」の「観音教寺」(2011年4月25日のブログ参照)が所有し「観音教寺」内の「芝山ミュージアム」に展示されているそうです。

 「芝山古墳群」周辺ですが、「木戸川」の「上流」にあたる「北側」の「芝山町」には「山田・宝馬古墳群」、下流の「南側」の「山武市」には「千葉県指定史跡」の「山室姫塚古墳」や「大堤権現塚古墳」、あるいは「蕪木古墳群」など多数の「古墳」があります。
 また「南東側」には、「中台貝塚」、「鴻ノ巣貝塚」、「牛熊貝塚」、「山武姥山貝塚」などの「貝塚」があり、「縄文時代」の「丸木舟」が多数発見されていることで知られた「水系」である「栗山川」(2月28日のブログ参照)と、その「ラグーン」であったと推定される「坂田池」があります。
 さらに、「栗山川」東岸の「下海上国造」の「領域」には「小川台古墳群」などもあります。

 「古墳時代」への「時間旅行」のできる「古墳群」「芝山古墳群」。
 「太古」の「歴史」「文化」にふれる「横芝光町」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

 備考
 「芝山古墳群」のある「横芝光町」ですが、合併前の「横芝町」と「光町」は「別」の「郡」(歴史的にはそもそも「上総国」と「下総国」という別の「立制国」)に所属していましたが、現在の「横芝光町」は「山武郡」に属します。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1134 |
| 地域情報::匝瑳 | 08:18 PM |
「第21回はまなす祭り」(鹿嶋市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「鹿嶋市」「大野潮騒はまなす公園多目的広場」で今週末の6月3日(日)に開催されます「第21回はまなす祭り」です。

 「鹿嶋市」は、「関東地方」東部、「茨城県」南東部に位置する「市」で「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)を擁する「文化都市」であるとともに、「鹿島臨海工業地帯」を擁する「工業都市」です。
 「鹿嶋市」は、「常陸国一宮」である「鹿島神宮」の「門前町」として栄え、現在は「神栖市」とともに「重要港湾」である「鹿島港」を中心とした「鹿島臨海工業地帯」を形成し、「住友金属工業」の「企業城下町」として「鉄鋼企業」を中心に「工業」が盛んな「都市」です。
 また「Jリーグ」「鹿島アントラーズ」の「ホームタウン」(他に「潮来市」、「神栖市」、「鉾田市」、「行方市」)の中心であり、「サッカー」が定着しています。
 また1995年(平成7年)9月1日に「鹿島町」が「大野村」を編入し、「市制施行」し、「鹿嶋市」になりました。
 「市制施行」の際、「佐賀県」の「鹿島市」と重複(ちょうふく)しないように、「島」の「異体字」の「嶋」に変えて「鹿嶋」としたそうです。

 「大野潮騒はまなす公園」は、「茨城県鹿嶋市」にある「市営公園」です。
 この「公園」は、1990年(平成2年)「春」に「茨城県大野村」の「村営公園」として開園しました。
 その後「大野村」は、1995年(平成7年)9月に隣の「鹿島町」に吸収合併され、同時に「鹿島町」は「鹿嶋市」となり、「大野潮騒はまなす公園」も「鹿嶋市」の「公園」になりました。
 「大野潮騒はまなす公園」は、「鹿島灘」に程近い小高い「丘の上」にある「公園」で、「面積」約10ha(ヘクタール)の「敷地」内には、「プラネタリウム」や「鹿嶋」の「暮らし」の今昔を展示する「郷土資料館」、「世界の名画」(複製)を集めた「美術館」が入っており、全体を360度の「パノラマ」が楽しめる「シンボルタワー」「宇宙展望塔」があり、「市民」の「コミュニケーション」の「場」として親しまれています。
 更に、「遊具」のある「子ども広場」や「多目的広場」があり、「自然」の「沢」を利用し、「渓流」を散策できるようになっている「渓流散策路」、「弁天池」のある「水と憩いの広場」などあり、また「はまなす」や「桜」、「梅」、「さつき」、「つつじ」などの美しい「花々」が四季折々に目を楽しませてくれるそうです。

 「大野潮騒はまなす公園」を会場に行われる「第21回はまなす祭り」では、「カラオケのど自慢」、「高木けい子歌謡ショー」、「オープニングセレモニー」、「川島有紀歌謡ショー」、「永山義雄歌謡ショー」、「島吹三枝子歌謡ショー」、「ふれあい抽選会」が行われるそうです。

 「ふれあい抽選会」ですが、「特賞」「自転車」3台、その他「地元特産品」多数が当たる「抽選会」です。
 「ふれあい抽選会」の「抽選券」の「配布」は10時より開始し、先着1000名様までとなっており、人数に達しましたら締め切りするそうです。
 また「ふれあい抽選会」は、14時50分から開始となっており、「抽選券」をお持ちになり、「会場」にいなければ「無効」となるのでご注意下さい。

 また「第21回はまなす祭り」では、「頑張れ鹿嶋!もちつき大会」を実施し、11時より配布開始し、先着200名様までとなっており、「人数」に達しましたら締め切るそうです。
 なお「頑張れ鹿嶋!もちつき大会」は「無料配布」のイベントです。

 「市民の憩いの場」「大野潮騒はまなす公園」で行われる恒例行事「はまなす祭り」。
 催しが行われるこの機会に「鹿嶋市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第21回はまなす祭り」詳細

 開催日時 6月3日(日) 9時半〜15時

 開催会場 大野潮騒はまなす公園多目的広場 茨城県鹿嶋市角折2096-1

 タイムスケジュール

 9時30分〜 開会宣言

 9時40分〜 カラオケのど自慢1

 10時40分〜 高木けい子歌謡ショー

 11時30分〜 オープニングセレモニー

 12時00分〜 川島有紀歌謡ショー

 12時30分〜 永山義雄歌謡ショー

 13時00分〜 カラオケのど自慢2

 14時00分〜 島吹三枝子歌謡ショー

 14時50分〜 ふれあい抽選会

 入館料(宇宙展望塔) 大人300円 小人200円 幼児100円
 (宇宙展望塔は毎週月曜日と年末年始が休館日)
 (業務時間9時〜16時半)

 問合わせ 鹿嶋市商工会大野支所 0299-69-0125

 備考
 「大野潮騒はまなす公園」は、無休・入園無料の「施設」です。
 また「大野潮騒はまなす公園」「多目的広場」には、「はまなす公園売店」もあります。

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「童子女(おとめ)の松原公園」(神栖市)
 本日二つ目にご紹介するのは、となりまち「神栖市」の「公園」「童子女(おとめ)の松原公園」です。

 「神栖市」は、「茨城県」の東南端に位置し、東側は「太平洋」に、南側・西側は「利根川」を経て「千葉県」に、北西側は「鹿嶋市」及び「潮来市」に接した南北に長い形状をしています。
 「神栖市」の「面積」は、147.26平方キロメートルだそうです。
 「神栖市」の北部から東部一帯は「鹿島港」及び「鹿島臨海工業地帯」が整備され、「製造品出荷額」は「茨城県」第1位で、温暖な「気候」を生かした「ピーマン」は、「ブランド品」として高い評価を受け「全国」第1位の「生産量」を誇っています。
 また南部は「波崎漁港」を中心に「漁業」が盛んで、「水産加工品」などが「特産品」となっており、「商業」を含めた各「産業」がバランス良く形成されています。

 「神栖市波崎」に広がる「波崎砂丘」(2011年7月19日のブログ参照)の「海岸線」には「松林」がつづき、「夏」のオンシーズンになると多くの「海水浴客」や「観光客」の皆さんで賑わいます。
 今回紹介する「童子女の松原公園」は、「神栖市」「波崎海水浴場」(2011年7月19日のブログ参照)の「隣地」にあります。

 「童子女の松原公園」は、「常陸国風土記」に記されている「男女の恋の物語」の「舞台」となった場所で、愛し合う「男女」が「松の木」に変身したという「伝説」にちなんだ「公園」です。
 「童子女の松原公園」園内には「古代の姿」をした「男女」2人の「立像」が建てられています。

 「童子女の松原公園」には、「童子女の松原」に纏(まつ)わる「物語」が伝えられています。
 「離れた土地で、別々に神に仕える少年と少女がいました。
 少年は「童子姿」をしており「那賀(なか)」の「寒田(さむた)」の「郎子(いらつこ)」といいました。
 少女の名は「海上(うなかみ)」の「安是(あぜ)」の「嬢子(いらつめ)」といいました。
 「郎子」「嬢子」ともに美しくその評判は互いの耳にまで届いていました。
 2人はいつしか遭いたいと思うようになり、まだ逢わぬ間に互いに恋に落ちていたそうです。
 その2人が出会ったのは歌の会でした。
 予期せぬ偶然に、2人は気持ちを抑えることができずに夜陰にまぎれ松の下で語り合いました。
 月が照り、松風のうたうなか、まさに恋人の逢瀬にとっては絶好の状況であったそうです。
 思いはますます募り、喜びは増していきました。
 しかし、いつの間にか鳥の鳴くときとなってしまい、2人は甘い夜が終わってしまいました。
 朝になれば人に見られてしまいます。
 これを恥じた2人はとうとう「松の木」になってしまったそうです。
 「郎子」が変じた「松」は「奈美松(なみまつ)」、「嬢子」の「松」は「古津松(こつまつ)」と呼ばれるようになりました。
 これ以来、付近を「童子女の松原」と呼ぶようになったといわれています。」

 現在、「童子女の松原公園」の2人の「立像」の周りには「松林」が取り巻いています。
 「童子女の松原公園」には、「立像」のほかにも園内のところどころに「土器」や「常陸国風土記」の「物語」が記されているそうです。
 また「童子女の松原公園」には、「永遠の愛」を誓った2人の決して変わることのない「絆(きずな)」にちなんだ「童子女の鐘」が設置されており、美しい「鐘の音」が園内に響き渡るそうです。

 「茨城県」に伝わる「常陸国風土記」「童子女の松原」に書かれている、愛し合う男女が松の木に変身したという「伝説」にちなんだ「公園」「童子女の松原公園」。
 永遠の愛を誓う「童子女の鐘」を響かせに「神栖市」にお立ち寄りしてみてはいかがでしょうか?

 「童子女の松原公園」詳細

 所在地  茨城県神栖市波崎9591

 駐車場  無料 50台 (生涯学習センター共用)

 問合わせ 神栖市観光協会 0479-26-3021

 備考
 「童子女の松原公園」の隣にある「波崎海岸」には、「風力発電」の「風車」があります。
 「神栖市波崎」にある「風力発電」は、「市民出資」(自然エネルギー市民ファンド)による「関東初」の「市民風車」なのだそうです。

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「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae」(栄町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「栄町(さかえまち)」「栄町役場」脇「縁道」で今週末の6月2日(土)に開催されます「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」です。

 「栄町」は、「千葉県」の北部中央、「印旛郡」にある「町」で、「面積」は32.46平方キロメートルで「推定人口」21961人(2012年4月1日現在)です。
 かつては「同名」の「新潟県南蒲原郡栄町」がありましたが、隣接する「三条市」および「南蒲原郡下田村」と「新設合併」によって「三条市」になり消滅したため、現在「自治体」としての「栄町」は唯一のものとなりました。

 「栄町」は、「利根川」流域に位置し、「町」の「北」は「利根川」が流れ、「南」には「印旛沼」、中心部には「利根川」と「印旛沼」を結ぶ「長門川」、「西」には「将監川」などの「川」に囲まれており、「町」の「西北部」と「南部」は平坦で「水田地帯」が広がっていて、「東部」は「下総台地」で「山林」や「畑」が多くあります。
 「栄町」に隣接している「自治体」ですが、「千葉県」では、「成田市」と「印西市」、「茨城県」では、「北相馬郡利根町」と「稲敷郡河内町」と隣接しています。

 「利根川」と「印旛沼」に囲まれた「自然」豊かな「町」「栄町」には、有名な「龍伝説」の伝わる「龍角寺」(1月2日のブログ参照)や、「方墳」では「関東最大級」の「岩屋古墳」(2月27日のブログ参照)、「子孫繁栄祈願」の「大鷲神社」、明治時代の「歴史」ある「建造物」「旧学習院初等科正堂」など見所が数多くあります。
 また「栄町」と「成田市」に跨がるところに位置する「県立」の「体験型博物館」である「千葉県立房総のむら」があります。

 「栄町」の「初夏」の「定番」となってきた「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」が、今年(2012年)も開催されます。
 今年の「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」の「テーマ」ですが、「少し笑ったら、また何かできるんだ!」となっています。
 「ろうそく」の「灯り」だけで「家族」や「仲間」と語り合うことで、「絆」の「大切さ」や、「感謝」する「喜び」・「当たり前」の「有難さ」を、みんなで再認識して、「笑顔」になる「イベント」なのだそうです。
 ほのかな「光」の下で「家族団欒(だんらん)」スローな「夜」を楽しめ、「綿あめ」「かき氷」「焼き鳥」「ビアガーデン」など「模擬店」で「大人」から「小人」まで楽しめるようです。

 「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」の「内容」ですが、「こみせ」(模擬店)、「ほのかライブ」、「キャンドルメッセージ広場」、「PRメッセージブース」、「東日本大震災」のための「義援金」収集となっています。

 「栄町」では、毎年6月第1土曜日、「栄町役場」「縁道」で「100万人のキャンドルナイト in Sakae(さかえ)」として「電気を消してろうそくの灯ですごそう」と呼びかけ、「環境」を考える「イベント」を行ってきました。
 昨年(2011年)は「東日本大震災」を受け、「被災地」の人たちに「哀悼の意」を表するとともに、「家族」や「地域」のつながりを大切にしようと「絆」の「文字」を作り、「3世代絆キャンドル」などを行ったそうです。
 また「応援メッセージ」を書いた「キャンドル」も並べました。
 「絆キャンドル」が次々と広がっていき、約2500本に点灯したそうです。
 昨年は、多くの「活動団体」、「町民」、「企業」、「行政の協力」や「被災地」の「銚子」から「銚子元気つたえ隊」(2011年12月28日のブログ参照)の参加もあり「模擬店」や「フルート」「琴」「ウクレレ」「演奏」などがあり、約2000人近くの「町民」の方が集いました。
 「栄町」も含む多くの「被災地」の方々が少しでも元気になるように願って「希望の灯り」とともに「義援金」を送ったそうです。

 「希望の灯り〜小さな思いが大きな力に〜」という「想い」で開催される「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」。
 「キャンドルナイト」が行われるこの機会に「栄町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae」詳細

 開催日時 6月2日(土) 18時〜21時

 開催会場 栄町役場脇縁道 印旛郡栄町安食台1-2

 問合わせ 事務局 

 備考
 「100万人のキャンドルナイト2012 in Sakae(さかえ)」に「車」でお越しのかたは、「栄町役場」「駐車場」をご利用下さいとのことです。

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「夏の味覚」「磯がき」(銚子市)
 本日二つ目にご紹介するのは、地元「銚子市」の「夏の味覚」「磯(いそ)がき」です。

 「かき」(「牡蛎」、「牡蠣」、「硴」、oyster)は、「ウグイスガイ目イタボガキ科」に属する「二枚貝」の「総称」、あるいは「カキ目」もしくは「カキ上科」に属する「種」の「総称」です。
 「海」の「岩」から「かきおとす」ことから「カキ」と言う「名」がついたといわれています。
 古くから、「世界」各地の「沿岸」地域で「食用」、「薬品」や「化粧品」、「建材」(貝殻)として利用されてきました。

 「カキ」には、「グリコーゲン」のほか、「必須アミノ酸」をすべて含む「タンパク質」や「カルシウム」、「亜鉛」などの「ミネラル類」をはじめ、さまざまな「栄養素」が多量に含まれるため、「海のミルク」とも呼ばれています。
 「カキ」は、「カキフライ」のような「揚げ物」や、「鍋物」の「具」にして食べるほか、新鮮なものは「網焼き」にしたり「生食」したりします。

 「カキ」と言えば「冬」と思われがちですが、「銚子」の「磯がき」は「夏」が本番で、「磯がき」は、「銚子」ならではの「夏の味覚」です。
 一般的に「牡蠣(かき)」は、「冬場の食べ物」で5月(May)から8月(August)までの「R」のつかない月(つき)には食べられないことになっていますが、それは「塩分濃度」の低い「内湾」にいる「マガキ」(Crassostrea gigas)の場合であって、「銚子」の「荒磯」で採れる「磯牡蛎」=「イワガキ」(Crassostrea rivuiaris)(Crassostrea nipponia)は、「マガキ」に比べて大きいもの(「手のひら大(だい」)のおおよそ5〜7年もので、「夏場」に食べられます。

 「冬」に流通する「養殖」「マガキ」とは種類が異なり、「磯がき」(岩牡蛎)は「夏」に水揚げされる「天然もの」のため「出荷期間」が短く、また「漁獲量」が限られているのが特徴なのだそうです。

 「カキ」は他の「二枚貝」のように動き回る習性はなく、「水深」10mくらいの「岩場」に張り付いて育ち、無駄な「エネルギー」は使わず、「養分」をため込み「美味しさ」を閉じ込めています。
 また「銚子」の「磯がき」の「味」の「良さ」は、「何」と言っても「利根川」が運んでくる「養分」なのだそうです。
 「銚子」の「磯がき」の「食べ方」ですが、「焼き物」や「フライ」にしたりしても美味しいですが、一番のオススメは、その場で「殻」を割って「生」で食べるのが人気があり、ポピュラーで、つるんとした「のど越し」がたまらない「夏の味覚」です。

 「タウリン」や「ミネラル」豊富な「海のミルク」「カキ」。
 「夏の味覚」「磯がき」を味わいに「銚子市」にお出かけしてみてはいかがでしょうか?

 備考
 「磯がき」は、8月上旬までが一番の食べ頃となっています。
 8月中旬過ぎてしまうと「カキ」が「産卵」をしてしまい、「食用」としては食べられません。
 「カキ」の「産卵時期」には、「海面」は、真っ白になるそうです。


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| 地域情報::銚子 | 10:05 AM |
「八日市場さつき会」「第37回花季展示会」(匝瑳市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「匝瑳市」「八日市場公民館」で今週末の6月1日(金)〜3日(日)の3日間開催されます「八日市場さつき会」「第37回花季展示会」です。

 「八日市場公民館」は、「公民館」と「図書館」が一体で、「企画展示会」用の「ギャラリー」もあり、21時まで幅広く利用ができます。
 「公民館」は、「生涯学習」の「場」として、「市民生活」に密着した「文化」・「学習」・「集い」の「場」となっています。
 あらゆる「層」の方が楽しく参加できる「講座」の開催をはじめ、「趣味」や「サークル活動」、「会議」、「発表会」などの「場」として、気軽に利用できるそうです。

 「八日市場公民館」は毎週月曜日と年末年始(12月28日〜1月4日)が「休館日」となっています。
 「八日市場公民館」は、「鉄筋コンクリート造」(一部鉄骨造)3階建ての「構造」で、「敷地面積」8574.23平方メートル、「建築面積」2705.02平方メートル、「延床面積」5485.76平方メートルです。
 「八日市場公民館」は、1階に「第1講座室」、「小会議室」、「談話ロビー」となっており、2階には「視聴覚室」、「第2講座室」、「第3講座室」(和室)、「料理実習室」となっており、「図書館」側に「和室」、「集会室」があり、3階は「大会議室」(舞台・楽屋付)、「陶工芸室」となっています。

 「さつき」(Rhododendron indicum)は、「ツツジ科」の「植物」で、山奥の「岩肌」などに自生しており、「盆栽」などで親しまれています。
 「サツキツツジ」(皐月躑躅)などとも呼ばれており、他の「ツツジ」に比べ一ヶ月程度遅い、旧暦の「五月」(皐月)の頃に一斉に咲き揃うところからその「名」が付いたと言われています。

 「さつき」は、「ツツジ類」としては「葉」が固くて小さく、「茎(くき)」には這う性質が強いそうです。
 本来は「渓流」沿いの「岩」の上に育成し、増水時に「水」をかぶっても引っかからないような低い姿勢で育成していたものと思われ、いわゆる「渓流植物」の特徴を備えています。
 「山間部」の「農村」では、「棚田」の「段差部」の「石垣」に生えることもあります。
 草刈りにも強く、「石垣」の間に「根」を下ろし、背の低い群落を形成し、「初夏」に一面に咲いていたといわれています。
 「園芸」においては通常は、「原種」に近い「高砂」「大盃」等の品種が多く用いられます。
 「生け垣」や「道路」の「植え込み」など、「日本国内」では最も多く用いられている「庭木」だという統計もあります。

 「さつき」の「栽培」は一般に「鉢植え」で行われていますが、「容器」は「皐月鉢(さつきばち)」と呼ばれる浅めで堅焼きの、「直径」が6寸から1尺くらいの「円形」の「鉢」が適しています。
 強い「酸性土壌」を好むため、「培養土」は一般に、「鹿沼土」と「山ごけ」をほぼ等量づつ混ぜたものを用います。
 「繁殖」は普通、「鹿沼土」の「単品」に、「挿し木」しますが、複雑な「絞り」が単純な「絞り」や「無地」になるなど、「枝変わり」による「劣化」が起こりやすい「植物」なので、新しい「品種」がほしいときは、信用のある「さつき専門店」から購入した方が賢明だそうです。

 「八日市場公民館」では、この時期恒例となっています「八日市場さつき会」による「第37回花季展示会」が行われます。
 「花季展示会」では、数多くの見事な「さつき」が展示され、「即売会」も開催されるそうです。

 「八日市場さつき会」の皆さんが丹精こめて育てた「美しいさつき」を見に、「匝瑳市」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

 「八日市場さつき会」「第37回花季展示会」詳細

 開催期間 6月1日(金)〜3日(日)

 開催時間 9時半〜17時 (最終日は〜15時)

 開催会場 八日市場公民館 匝瑳市八日市場イ2402

 問合わせ 匝瑳市産業振興課 0479-73-0089

 備考
 「第37回花季展示会」の「最終日」である6月3日(日)は、15時で終了になるそうです。

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