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「芝山古墳群(しばやまこふんぐん)」(横芝光町)
 本日二つ目にご紹介するのは、近隣市「横芝光町(よこしばひかりまち)」にある「芝山古墳群(しばやまこふんぐん)」です。

 「芝山古墳群」は、「山武郡横芝光町」にある「古墳群」で、「名称」は「芝山古墳群」ですが「芝山町」ではなく「横芝光町」にあり、「中台古墳群」とも呼ばれています。

 「九十九里平野」中央を流れる「木戸川」東岸の「台地」上にある「古墳群」で、「殿塚」及び「姫塚」の2基の「前方後円墳」を中心として13基の「円墳」が群在しています。
 1956年(昭和31年)に「早稲田大学」による「殿塚」および「姫塚」の「発掘調査」が行われ、全国的にも珍しい「葬列はにわ」がほぼ完全な形で出土し、それまで不明であった「形象埴輪」の「配列」の「意味」を知ることのできる「最初の発見」であったそうです。

 従来、「殿塚・姫塚古墳」の「造営時期」は6世紀後半から7世紀初頭とされ、「両古墳」のうちでは「殿塚古墳」が先行するとされていました。
 しかし、「町境」を越えた「芝山町」に隣接する「小池大塚古墳」が「埴輪」を持たないことから「殿塚・姫塚古墳」に続いて造営された同一勢力の終末期の「前方後円墳」であるとされ、さらに「南西」の「山武市」の「境川」流域の「胡麻手台16号墳」はそれより新しい「最終段階」の「前方後円墳」であることが判り、さらに「南西」の「作田川」東岸にある「前方後円墳」終焉後の「大型方墳」と考えられる「駄ノ塚古墳(だのつかこふん)」については、「発掘調査」の結果の「造営時期」の見直しも必要となり、現在のところ6世紀後半の「造営」とするのが妥当とされています。

 「芝山古墳群」そのものは、1958年(昭和33年)6月28日に「国の史跡」に指定されました。
 「芝山古墳群」(「殿塚・姫塚」)「出土埴輪」(9点)は、1971年(昭和46年)3月26日に「千葉県」の「有形文化財」(考古資料)に指定され、「芝山町」の「観音教寺」(2011年4月25日のブログ参照)が所有し「観音教寺」内の「芝山ミュージアム」に展示されているそうです。

 「芝山古墳群」周辺ですが、「木戸川」の「上流」にあたる「北側」の「芝山町」には「山田・宝馬古墳群」、下流の「南側」の「山武市」には「千葉県指定史跡」の「山室姫塚古墳」や「大堤権現塚古墳」、あるいは「蕪木古墳群」など多数の「古墳」があります。
 また「南東側」には、「中台貝塚」、「鴻ノ巣貝塚」、「牛熊貝塚」、「山武姥山貝塚」などの「貝塚」があり、「縄文時代」の「丸木舟」が多数発見されていることで知られた「水系」である「栗山川」(2月28日のブログ参照)と、その「ラグーン」であったと推定される「坂田池」があります。
 さらに、「栗山川」東岸の「下海上国造」の「領域」には「小川台古墳群」などもあります。

 「古墳時代」への「時間旅行」のできる「古墳群」「芝山古墳群」。
 「太古」の「歴史」「文化」にふれる「横芝光町」に立ち寄ってみてはいかがでしょうか?

 備考
 「芝山古墳群」のある「横芝光町」ですが、合併前の「横芝町」と「光町」は「別」の「郡」(歴史的にはそもそも「上総国」と「下総国」という別の「立制国」)に所属していましたが、現在の「横芝光町」は「山武郡」に属します。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=1134 |
| 地域情報::匝瑳 | 08:18 PM |

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