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「温泉ファン感謝デー」(銚子市)
 本日二つ目にご紹介するのは、当館「犬吠埼観光ホテル」で明明後日(しあさって)の2月29日(水)に開催する「温泉ファン感謝デー」です。

 毎月月末(つきづえ)に開催しています「温泉ファン感謝デー」。
 「温泉ファン感謝デー」は、日頃からご愛顧(あいこ)いただいている「地元」「銚子」の「皆様」やご贔屓(ひいき)いただいている「お客様」への「感謝」、「天然温泉」(豊富な「効能」)への「感謝」、「犬吠埼地区」また「先祖代々受け継いでいる土地」への「感謝」といった様々なことに「感謝」してイベントを行っています。

 「温泉ファン感謝デー」利用(営業)時間は、朝10時〜14時(終了)となっていて、「時間内」に当館自慢の「天然温泉」を利用できます。

 「温泉ファン感謝デー」のご利用の手順ですが、「当館ロビー前」「受付」にて、「お名前」、「ご住所」、「ご連絡先」(電話番号、携帯電話番号も可)を記入後、「お履き物」を「スリッパ」に履き替え、そのまま「天然温泉」の「大浴場」「露天風呂」となります。
 なお、「温泉ファン感謝デー」では、「タオル」・「バスタオル」はお客様各自でご持参下さい。

 また「温泉ファン感謝デー」では、「海」の見える「宴会場」2会場を「湯上がり処」「休憩所」として開放。
 さらに「宴会場」「酉明」にて「カラオケ」が「無料」で利用可能。
 楽しいひとときをお過ごしいただけるように準備しています。
 (カラオケを利用される際は順番を守って皆で楽しく歌って下さい。)

 また「温泉ファン感謝デー」当日は、各種「定食」(普段と変わらず「刺身定食」・「天ぷら定食」(1000円)「金目定食」(1500円))をご用意するほか、「温泉ファン感謝デー」当日限定の「500円ランチ」も用意しています。
 また寒さが続いていますが、当館自慢の「ラーメン」(700円)も用意しています。

 「温泉ファン感謝デー」では、「温泉パスポート」の「割安販売」を実施。
 「温泉パスポート」とは、「温泉入浴回数スタンプカード」のことで、「通常温泉料金」1回あたりの「料金」(大人1000円〜)がさらにリーズナブルな「料金」で入(はい)れるため、「常連」の「お客様」や「」「地元客」、「近隣市町村の皆様」に支持されている「温泉入浴回数スタンプカード」です。

 盛り沢山の「犬吠埼観光ホテル」のイベントに皆様のお越しをスタッフ一同お待ちしております。

 備考
 「天然温泉」「大浴場」「脱衣所」内と「湯上り処」には「マッサージ機」があり、皆様に「無料」で利用できます。
 (順番を守ってご利用下さい。)
 なお「温泉ファン感謝デー」の行われる2月29日(水)は、イベント終了後、「休館日」となりますので、ご注意下さい。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=964 |
| 地域情報::銚子 | 10:09 AM |
「風土村」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」にある「風土村」です。

 「風土村」は、「和郷園」関連施設で、「地産地消の推進」を掲げる「地域コミュニティーショップ」です。
 「風土村」の「構成」ですが、「野菜直売所」、「レストラン」、「サンライズファーム」、「風土村のお花屋さん」となっています。

 「風土村」「野菜直売所」は、「地元」の「生産者」に協力して、毎日「採れたて野菜」を出荷しています。
 その他「直売所」では「季節のフルーツ」等も色々取り揃えています。
 「風土村」「野菜直売所」では「和郷園」の「OTENTOバナナ」、「OTENTOマンゴー」、「お米」、「酒ケーキ」、「冷凍野菜」も置いています。

 「風土村」「レストラン」は、「和郷園」を始めとする「地元」の「生産者」が一生懸命作った「新鮮な食材」を使った「料理」を提供しています。
 毎週土・日・祝日は、シェフ自慢の「料理」が1300円で「食べ放題」(バイキング)だそうです。
 (平日は1000円で「食べ放題」)
 また「ドリンク」は200円で「飲み放題」(ソフトドリンクのみ)となっています。

 「サンライズファーム」は、四季折々の「食材」を使い、バラエティー溢れる「お総菜」を真心込めて、手作りで提供。
 人気の「ハム・ソーセージ」や、「にら饅頭」など、「食材」にこだわり、「安心・安全」な「商品」を提供しています。

 「風土村のお花屋さん」は、「地元生産者」の「花」をメインに使った「切り花」や「鉢物」、「小物」などを販売しています。
 「和郷園」が運営する「花屋」、「ナチュール」からの「商品」もあるそうです。
 シーズンに合わせた「植物」・「雑貨」の「癒し系グッズ」や珍しいものなど時々入荷するそうです。

 ちなみに「和郷園」は創業以来、「農業生産者」の「自律」を「合言葉」に活動を続けている「農事組合法人」です。
 時代のニーズを取り入れ、「生産者」の「技術向上」はもちろん、「GAP」の取り組み、「加工事業」、「販売事業」、「リサイクル事業」、「海外」における展開と、「農業」を軸に活動の幅を広げている「組合法人」です。
 「和郷園」は、「活動理念」として「生産者の自律」「健康・環境・調和」を掲げ、「自然循環型農業」を行っているそうです。

 「香取市」「山田地区」の「味覚」や「和郷園」の「旬」の「産直産品」が集まる「風土村」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「風土村」詳細

 所在地  香取市鳩山344-4

 営業時間 9時〜19時半

 レストラン営業時間

 11時〜15時 

 問合わせ 風土村 0478-78-5733

 備考
 「風土村」の「レストラン」(バイキング)の子供料金ですが、3歳以上小学生未満の幼児は平日休日共に500円(2歳以下は無料)、小学生は900円となっています。













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| 地域情報::香取 | 09:11 AM |
「龍角寺古墳群(りゅうかくじこふんぐん)」(成田市)(栄町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「成田市」「栄町」にある「龍角寺古墳群(りゅうかくじこふんぐん)」です。

 「龍角寺古墳群」は、「成田市」と「印旛郡栄町」の「印旛沼」北東部の「下総台地」上に、6世紀前半から7世紀にかけて造営された「古墳群」です。

 「龍角寺古墳群」は、現在のところ114基の「古墳」が確認されています。
 「古墳群」の中には、「龍角寺」(1月2日のブログ参照)参道沿いに中世から近世にかけて造られたと考えられている「塚」が数多くあり、見かけ上「古墳」との区別が難しいため、数については不確定な要素が残っています。

 「龍角寺古墳群」は「前方後円墳」が37基、「方墳」が6基、「円墳」71基で構成されています。
 しかし確認されている「前方後円墳」の多くが「円墳」に短小な「方形部」が付く「帆立貝形古墳」に類似したもので、現在「円墳」とされている「古墳」の中からも、今後「発掘調査」などが進めば「前方後円墳」が増える可能性があり、築造当時は「方墳」であった「古墳」の一部も、「墳丘」の改変などで今は「円墳」のようになっているものも考えられ、「方墳」の数も増える可能性があるようです。

 「龍角寺古墳群」の立地ですが、「印旛沼」北西部の標高約30メートルの「下総台地」上に位置しています。
 「龍角寺古墳群」がある付近の「下総台地」は幅が比較的狭く、「古墳群」は狭い台地上を北西側から南東側に約1.5キロメートルにわたって帯状に分布します。
 「古墳群」の中で比較的早い時期に造られたと考えられる「前方後円墳」や「円墳」は、「古墳群」の西側である「印旛沼」に面する場所に位置しており、後半に造られた「龍角寺古墳群」を代表する「浅間山古墳」・「岩屋古墳」、そして「岩屋古墳」の後に造られた「みそ岩屋古墳」などの「方墳」は、「古墳群」の北方にかつて存在した「香取海」方面からの「谷」の「源頭部」にあたる丘陵上に築造されています。
 これは「浅間山古墳」や「岩屋古墳」などの「方墳」は、「印旛沼」よりも北側の「香取海」方面を意識して「築造場所」に選んだものと解釈されています。
 「龍角寺古墳群」のすぐ南東側には、「上福田古墳群」、「大竹古墳群」というやはり「古墳時代」後期から終末期にかけて造営された「古墳群」があります。
 また「龍角寺古墳群」の南には4世紀から「古墳」の造営が見られる「公津原古墳群」、そして「印旛沼」東岸には「北須賀勝福寺古墳群」があり、「印旛沼」東岸には多くの「古墳群」が存在します。

 「龍角寺古墳群」の「古墳群」を構成する「古墳」の多くは小型で、「前方後円墳」では全長20〜30メートル、「円墳」では直径10〜20メートルのものが多いようです。
 「龍角寺古墳群」では当初、小型の「前方後円墳」や「円墳」が造られていたと考えられますが、7世紀前半以降「浅間山古墳」と、日本第二位の規模を誇る「方墳」である「岩屋古墳」という「印旛沼」周辺地域で最も大きい「古墳」が造営されています。

 「龍角寺古墳群」は「古墳時代」前・中期の「古墳」は確認されておらず、「古墳時代」の後期にあたる6世紀から「古墳」の築造が開始されたと考えれています。
 「印旛沼」付近を統合する「首長権」は、6世紀半ば頃までは「龍角寺古墳群」の南方にある「公津原古墳群」を造営した「首長」が握っていたと考えられますが、6世紀後半以降、「龍角寺古墳群」を造営した「首長」が強大化し、「首長権」の移動があったと見られています。
 「龍角寺古墳群」を造営した「首長」が強大化した理由は、「古墳群」北方にある「香取海」の「水運」の「要衝」を掌握し、「常陸」、そして「東北方面」へ向かう「交通路」を押さえることに成功したからと考えれています。
 これは「龍角寺古墳群」の「浅間山古墳」までの「古墳」は、「下総台地」の「印旛沼」に近い場所に造営されていたものが、「浅間山古墳」以後は「香取海」方面を意識した立地となったことにも現れています。

 そして6世紀末から7世紀にかけての「ヤマト王権」の変革期にあたり、「関東北部」、そして「東北」へと向かう交通の「要衝」を押さえた「龍角寺古墳群」を造営した「首長」のことを「ヤマト王権」は重要視したと考えられており、「大王家」と直結した「壬生部」の「責任者」となったとの説も唱えられています。
 「ヤマト王権」や「畿内」の「豪族」との関係を深めたことも、「終末期古墳」の時期としては最大の「方墳」である「岩屋古墳」の造営に繋がったものと見られています。

 7世紀前半には、「古墳群」の北隣に「龍角寺」が創建されました。
 そして「古墳群」西北には「植生郡」の跡とみられる「大畑遺跡群」もあり、「龍角寺古墳群」を造営したと考えられる「印旛国営」、最近の研究では「大生部直」氏は、「古墳群」の造営後も「龍角寺」の創建、そして「律令制」成立後も「郡司」としてその勢力を保ったと考えれています。

 「龍角寺古墳群」は「古墳群」を構成する多くの「古墳」が、「房総のむら」内で比較的良好な状況で保存されており、また全国的に見ても最後の「前方後円墳」のひとつである「浅間山古墳」、そして「終末期古墳」の時代では最大の「方墳」である「岩屋古墳」など、学術的に見ても価値が高い「古墳」があります。

 つまり「龍角寺古墳群」は「古墳時代」後期から「終末期古墳時代」の「古墳群」を知る上で貴重な資料であり、7世紀の「寺院」建立、そして「律令制」における「郡司」の時代に至るまで、「関東地方」の「一首長」について知ることのできる貴重な「遺跡」と評価され、以前より「史跡」とされていた「岩屋古墳」に追加される形で、「龍角寺古墳群・岩屋古墳」として2009年2月12日、「国の史跡」に指定されています。
 また「浅間山古墳」の「出土品」は2009年3月4日、「千葉県」の「文化財」に指定されています。

 太古の歴史に思いを馳せる「龍角寺古墳群」。
 太古のロマンを感じに「龍角寺古墳群」散策に訪れてみてはいかがでしょうか?

 備考
 「龍角寺古墳群」の「古墳番号」ですが、現在「専門書」等で用いられている、「深澤」の論文(1988年)によって確定したものだそうです。
 ちなみに「龍角寺古墳群」の主な「古墳」は「24号墳」、「101号墳」、「岩屋古墳」(105号墳)、「みそ岩屋古墳」(106号墳)、「108号墳」、「浅間山古墳」(111号墳)、「112号墳」となっています。

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| 地域情報::成田 | 11:17 AM |
「佐原まちあるき」その4「伊能忠敬旧宅」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「重要伝統的建造物保存地区」の「店舗」などを紹介する企画「佐原まちあるき」です。
 第4回の今回は「佐原の偉人」「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)が30年余りを過ごした「伊能忠敬旧宅」です。

 「水運」を利用して「江戸優り(えどまさり)」といわれるほど栄えていた「佐原」。
 「佐原」の人々は、「江戸の文化」を取り入れ、更にそれを独自の文化に昇華していました。
 その面影を残す「町並み」が「小野川」沿岸や「香取街道」に今でも残っています。

 このような「歴史景観」をよく残し、またそれを活かした「まちづくり」に取り組んでいることが認められ、平成8年12月、「関東」で初めて「重要伝統的建造物保存地区」に選定されています。
 「佐原」の「重要伝統的建造物保存地区」には昔から「家業」を引き継いで今も営業を続けている「商家」が多く、「生きている町並み」として評価されています。

 「香取市佐原」の「重要伝統的建造物保存地区」では、「国指定史跡」1件と「県指定文化財」8件(13棟)が残っていて、「歴史」を今に伝えています。
 現在、「佐原の町並み」では「佐原おかみさん会」(2011年2月5日のブログ参照)主催「さわら雛めぐり」(2月2日のブログ参照)が開催中(〜3月25日)で、「観光客」の皆さんで賑わっています。

 そのような中、今回ご紹介するのは、「重要伝統的建造物保存地区」の「佐原の町並み」を代表する「建造物」「伊能忠敬旧宅」です。
 「伊能忠敬旧宅」は、「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)の「佐原在住時代」に過ごした「家」です。

 「伊能家」は、代々「名主」を務める「家柄」で「佐原」でも最も有力な「商人」でした。
 「伊能忠敬」は、宝暦12年(1762年)17歳で「伊能家10代目当主」として「婿養子」で迎えられました。
 「伊能家」の「家業」は主に「酒造業」「米穀売買業」などを営んでおり、当時の「屋敷絵図」には、「酒蔵」がいくつも並び盛んであったことがわかるそうです。
 「伊能忠敬」は、寛政7年(1795年)50歳で「江戸」に出るまで「旧宅」に住んでいました。
 「伊能忠敬」が30年余過ごした「旧宅」は「国の史跡」に指定されています。

 「伊能忠敬」は「伊能家」の「婿養子」となり、「醸酒業」並びに「米穀薪炭販売」に精励すると共に、「村政」(当時は「佐原村」)の中心として活躍しています。
 50歳で「隠居」をして、「天文学」や「地理学」を学び、「大日本沿海海輿地図」を完成させたことで広く知られています。

 「伊能忠敬旧宅」は、「平屋造」の「瓦葺」で、「正門」・「炊事場」・「書院」からなる「母屋」、「店舗」、「土蔵」からなっています。
 「母屋」は「玄関」、「書斎」、「納戸」などの5室、建坪は24坪で、「店舗」は「店」および「居間」などがあって建坪32坪あります。
 なお「店舗」ですが、「醸造業」の「倉庫」を改造したもので、「土間」・「帳場」・「居室」・「台所」等があります。
 また「伊能忠敬旧宅」の南側の奥には「観音開き」の「戸」が広まる以前の「引き戸形式」の「戸」を持つ「土蔵」が建っており、かつては「伊能忠敬」の「遺品」の多くが「土蔵」に納められていたそうです。
 「土蔵」は古い様式を残し、また「店舗」と「正門」は「伊能忠敬」が「婿養子」に入る以前に建てられていたことから、築200年以上経つ「佐原」でも古い時代の「建造物」といえます。
 「土蔵」には、文政4年(1821年)の「修理銘」が残っており、現存する「土蔵」では最も古い時期の「建物」です。

 「伊能忠敬旧宅」の「母屋」ですが、寛政5年(1793年)の48歳の時に「伊能忠敬」自身が設計したもので、「店舗」・「正門」は「伊能忠敬」が「佐原」に来る前から建てられていたといわれています。

 「伊能忠敬旧宅」敷地内には、江戸時代につくられていた「農業用水路」の「一部」が残っています。
 (「旧宅」敷地内から「樋橋(とよはし)」により対岸の「伊能忠敬記念館」方面に「水」渡していた「水路」の一部)
 かつてここを流れた「水」が「小野川」に流れ落ち「ジャージャー」と「音」がしたことから、「樋橋」(2月13日のブログ参照)のことを通称「じゃあじゃあ橋」と呼ばれています。
 現在は、当時の様子を復元して、30分ごとに「水」が流れるようになっています。
 また「小野川」に面した「伊能忠敬旧宅」の正面には「だし」と呼ばれる「荷揚げ場」があり、現在は「観光船」(2011年5月6日のブログ参照)の「乗り場」になっています。

 以前「伊能忠敬旧宅」には隣接して旧「伊能忠敬記念館」がありましたが、現在は「旧宅」前の「小野川」を挟んで向かいに「伊能忠敬記念館」(2011年3月8日・2012年1月29日のブログ参照)が建っています。
 旧「伊能忠敬記念館」は、昭和36年に建築された「鉄筋コンクリート造り」2階建ての「建物」で、「伊能忠敬」の「著書」・「測量図」・「日記」・「書簡」・「遺品」・「遺書」など、およそ1000点の貴重な「資料」が大切に保存されていました。
 旧「記念館」は、建設から相当の年月が経ち、また「展示面積」が狭く、「佐原の偉人」「伊能忠敬」を十分に紹介することが困難になりつつあったため、平成10年5月22日に、「小野川」の対岸に新しく「記念館」を開館したそうです。

 「伊能忠敬旧宅」内には、「家訓書碑」があります。
 「家訓書碑」には、
 「第一 仮にも偽をせず、孝悌忠信にして正直なるべし」
 「第二 身の上の人ハ勿論、身下の人にても教訓意見あらば急度相用堅く守べし」
 「第三 篤敬謙譲にて言語進退を寛裕ニ諸事謙り敬ミ、少も人と争論など成べからず」
 とあります。
 ちなみに「伊能忠敬」「家訓」は、「佐原町並み交流館」(1月27日のブログ参照)「入口玄関」にも飾られています。

 「香取市佐原」が生んだ「世界」に誇る「科学的地図」を作成した「偉人」「伊能忠敬」。
 「伊能忠敬」を育(はぐく)んだ「旧宅」は、今も「佐原の町並み」の中に静かに佇んでいます。

 備考
 「伊能忠敬旧宅」では、3月5日(月)に「旧宅」内の「水路清掃」が行われます。
 「水路清掃作業」のため、「樋橋」(じゃあじゃあ橋)の「落水」を一時停止します。
 「小野川町並み舟めぐり」の「サッパ舟」運行は通常通りに営業されるそうです。













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| 地域情報::香取 | 03:45 PM |
「佐原囃子」(香取市)
 本日二つ目にご紹介するのは、となりまち「香取市」の「伝統芸能」「佐原囃子(さわらばやし)」です。

 「佐原囃子」は、「香取市」の「佐原の大祭」(2011年7月13日のブログ参照)などで演奏される「祭囃子」です。
 また「佐原囃子」は、「神田囃子」、「京都祇園囃子」と並ぶ「日本三大囃子」のひとつと数えられています。

 「佐原囃子」は、「佐原の大祭」(夏と秋 年に2回開催)の「山車(だし)」に「下座連(げざれん)」と呼ばれる「囃子手」が乗車して演奏される「お囃子」です。
 もともと「佐原」周辺の「神楽」の「囃子方」が「山車」に乗り込み、「神楽囃子」を演奏したものに、「江戸」の様々な文化を取り入れようとした「佐原」の「町衆達」が、文化文政期に活躍した「義太夫(ぎだゆう)奏者」・「豊竹式太夫」を「客人」として迎え入れ、構想12、3年かけて作り上げられたのが、今日の「佐原囃子」なのだそうです。

 約400年前の天正年間(1573〜1592年・安土桃山時代)に、「田楽」、「散楽」(猿楽)、「神輿囃子」が元になり、享保年間(1716〜1736年・江戸時代中期)に「江戸文化」の影響を受けて発達したといわれています。
 (「大杉囃子」が「源流」との「説」もあります。)
 「下新町」の「能化塚(のげづか)」に「豊竹式太夫」の「墓」があり、「江戸」の「一流芸人」の「墓」があることは、上記のことを物語る何よりの証拠となっています。

 「佐原地方」では「囃子」のことを「下座(げざ)」とも言います。
 「佐原囃子」には、ゆったりとした「情緒的な曲」や「軽快な曲」など数十の「曲目」があり、「役物」・「段物」・「端物」の3つに分類されます。

 「役物(やくもの)」は「山車」の出発時や到着時等に演奏される「儀式音曲」的なものだそうです。
 「役物」の「主な曲目」は、「さんぎり(砂切)」、「馬鹿囃子」、「花三番叟」、「ひしぎ」(花三番叟の高音の部分曲)、「引き返し」となっています。

 「段物」は「目抜通り」等で演奏される、非常にゆったりとした「旋律」をもつ「長編音曲」的なものだそうです。
 「祭り」で「大通り」を進む時に演奏する「佐原囃子」で最も重要な「曲目群」だそうです。
 「わたり」と言う「笛」の「高音部」を使った「短いフレーム」をはさみ、演奏開始します。
 「段物」の「主な曲目」は、「さらし」、「巣籠もり」、「吾妻」、「神田」、「八百屋」、「段七」、「盾」、「曽我」などとなっています。

 「端物」は一般的な「山車」の運行時に演奏される「民謡」・「里謡」・「流行歌」を取り入れた「抒情音曲」的なものなのだそうです。
 「端物」は、「民謡」や「はやり歌」、「踊り用」など「テンポ」の速い「曲」です。
 「端物」の「主な曲目」は、「矢車」、「剣囃子」、「猫じゃ」、「おやまか」、「大漁節」、「串本節」、「巣籠もりくずし」、「矢車くずし」、「吉野」、「大和」、「佐原音頭」、「佐原小唄」、「松飾り」、「あんば」、「枯れすすき」、「大杉あんば」、「ラッパ節」、「若いお巡りさん」、「日光和楽」、「船頭小唄」、「八木節くずし」、「華厳の滝」、「ノーエ節」、「恋慕小唄」、「ラバウル小唄」、「ズンドコ節」(海軍小唄)、「木遣」、「鬼節」、「トロ」、「獅子馬鹿」、「二遍返し」、「水郷小唄」、「中山」、「相馬節」などとなっています。

 「役物」と「段物」には、「葛西囃子」や「能楽囃子」、「歌舞伎下座音楽」の影響を強く受けており、その関連性が指摘されています。
 これらの「曲」が「山車」の周囲の雰囲気に応じて演奏され、「祭り」を盛り上げる重要な役割を担っています。
 また、それと同じくして「神聖な祭り」を清める「悪魔祓い」の意味を持っているそうです。

 「佐原の大祭」では、「山車」の運行を取り仕切る「町内」の依頼によって「下座連」が「山車」に乗り「囃子」を演奏します。
 元々「下座連」は「佐原」周辺の「農村部」の「集落」を主な「単位」として構成されてきましたが、戦後「後継者不足」などから、「佐原」の「市街地」内の「有志」により新たな「下座連」が作られ、「山車」に乗るようになってきたようです。

 「佐原囃子」で使用する「楽器」とその「人数」ですが、「笛」(篠笛)は5〜8人、「大皮(おおかわ)」(太鼓)は1人、「鼓(つづみ)」(小鼓)は3〜5人、「大太鼓」は1人、「ツケ」(締太鼓)は1人、「鉦(かね)」(摺り鉦)は1人となっています。

 「佐原囃子」系の「下座連」は「香取市」を始めとして「潮来市」や「鹿嶋市」、「成田市」など「千葉県北東部」から「茨城県南東部」にかけての「地域」に分布しています。

 今も「香取市佐原」に受け継がれている「伝統芸能」「佐原囃子」。
 風情のある「佐原の町並み」と共に未来に遺してもらいたい「佐原文化」のひとつです。

 備考
 「佐原の大祭」を担う「佐原囃子」についても「佐原の山車行事」として2004年2月16日に「重要無形民族文化財」に指定されています。
 「佐原囃子」は、「佐原町並み交流館」隣の「忠敬茶屋」で「CD」を販売しています。








| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=960 |
| 地域情報::香取 | 09:13 AM |
「多古町ダンスフェスティバル2012」(多古町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「多古町」「多古町コミュニティプラザ」「文化ホール」で明明後日(しあさって)の2月26日(日)に開催されます「多古町ダンスフェスティバル2012」です。

 「多古町コミュニティプラザ」で行われる「多古町ダンスフェスティバル2012」は、「フラダンス」や「ピアダンス」、「社交ダンス」を中心に「ヒップホップ」、「バレエ」、「タップダンス」、「ベリーダンス」、「よさこいソーラン」、「日本舞踏」の9種類の「ダンス」を1度に見ることができます。

 「子どもから大人までダンスの楽しさを味わおう!」とうたっている通り、思わず踊り出したい、また見て楽しい9種類の「ダンス」を午前、午後の2回発表するそうです。
 また、「多古町ダンスフェスティバル」は、入場無料の催しとなっています。
 「多古町ダンスフェスティバル」終了後は、「多古町散策マップ」「たこるんぱ」(2月10日のブログ参照)を片手に「多古町」を散策してみてはいかがでしょうか?

 「多古町」のダンス愛好家の集まる「ダンス」の美しさ、楽しさが伝わる「多古町ダンスフェスティバル2012」を見に「多古町コミュニティプラザ」「文化ホール」に訪れてみませんか?

 「多古町ダンスフェスティバル2012」詳細

 開催日時 2月26日(日) 10時〜15時半

 開催会場 多古町コミュニティプラザ 文化ホール 香取郡多古町多古2855

 問合わせ 勝又ダンススクール 0479-76-4560

 備考
 「多古町ダンスフェスティバル2012」当日は、「パン」や「おにぎり」、「飲み物」等を「多古町コミュニティプラザ」「文化ホール」ロビーにて販売するそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=959 |
| 地域情報::成田 | 09:09 AM |
「城山公園さくら開花予想クイズ」(香取市)
 本日二つ目にご紹介するのは、となりまち「香取市」で行われています「城山公園さくら開花予想クイズ」です。

 「香取市」「小見川地区」には、「北総」を代表する「桜」の「名所」のひとつ「小見川城山公園」(2011年2月26日のブログ参照)があります。
 「小見川城山公園」には、70種余、約6000本のさまざまな「樹木」が植えられ、四季を通じていろいろな「花木」が楽しめる「公園」となっています。
 四季の中でも「春」には、1000本の「ソメイヨシノ」と4000本の「つつじ」が「小見川城山公園」のある山一体に咲き乱れ、訪れる「人」の「目」に「花」の持つ「魅力」溢れる「光景」がひろがります。

 「小見川城山公園」のある「香取市」「小見川地区」では、毎年「城山公園さくら開花予想クイズ」を実施しています。
 そして本年(2012年)も「城山公園さくら開花予想クイズ」を行うそうです。

 「開花」とは、「対象樹」となっている「城山公園観光案内所」脇の「大桜」(ソメイヨシノ)が5輪開いたときを「開花」としています。

 「城山公園さくら開花予想クイズ」の「応募方法」ですが、3月9日(金)(当日消印有効)までに、「はがき」に「開花予想日」・「郵便番号」・「住所」・「氏名」・「年齢」・「電話番号」・「このクイズを何でお知りになったか」を記入し、〒289-0393 香取市羽根川38 水郷小見川観光協会事務局「城山公園さくら開花予想クイズ」係 まで応募下さいとのことです。
 (応募は1人1枚に限らせて頂くそうです。)

 「城山公園さくら開花予想クイズ」で当たる「賞品」ですが、「クイズ」の「正解者」の中から「抽選」で1人に「32型液晶テレビ」、3人に「水郷おみがわ花火大会」(2011年7月28日のブログ参照)「花火大会桟敷席(さじきせき)」(6人用)をプレゼントされるそうです。
 また「特別賞」として、「応募者」全員の中から3人に「城山公園特製高級箸」(当選者名前入り)が当たります。

 「北総随一」の「桜」の「開花予想クイズ」に参加してみませんか?

 「城山公園さくら開花予想クイズ」詳細

 詳細は「ブログ」文中記載。

 問合わせ 香取市商工観光課小見川担当 0479-82-1117

 備考
 「城山公園さくら開花予想クイズ」の過去の結果(桜の開花日)ですが、「2009年」は「3月23日」、一昨年(おととし)「2010年」は「3月27日」、昨年「2011年」は「4月2日」で「応募総数」255人、「正解者」は4人でした。

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| 地域情報::香取 | 08:56 AM |
「神崎ヤングフェスティバル」(神崎町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「神崎町」「神崎ふれあいプラザ」で明明後日(しあさって)の2月25日(土)に開催されます「神崎ヤングフェスティバル」です。

 「神崎町」の若者たちの祭典として「神崎ヤングフェスティバル」が開催されます。
 毎年多くの「若者たち」が出演し、日頃の「音楽活動」や「ダンス」の成果を発表します。

 今回で10回目を迎える「神崎ヤングフェスティバル」は、年々「ステージ」の内容がパワーアップしているようで、主催しています「神崎町青少年相談員連絡協議会」では、多数の皆さんの観覧を呼びかけています。

 「神崎ヤングフェスティバル」では、「神崎町」内外の「青少年」を対象に自己表現の発表の場を提供し、「交流」・「親睦」を深めることを目的とした「ダンス」、「ピアノ演奏」、「歌」などの「発表会」で、「青少年相談員」は、事業の運営を行っているそうです。

 「神崎ヤングフェスティバル」では近年、回数を重ねるごとに事業が定着化し、一昨年(平成22年)は、「成田高校ダンスドリル部」、「千葉敬愛高校ダンス部」、「富里高校ジャズオーケストラ部」の出場が話題を呼び、多くの「観客」とともに、会場が一体となって盛り上がったそうです。
 「神崎町」では、広域的に「事業周知」を行い、「参加者(参加団体)」の増加と内容の充実を図っているようです。

 「神崎町」で行われる「若者たちの祭典」「神崎ヤングフェスティバル」を観覧しにお出かけしてみてはいかがでしょうか?

 「神崎ヤングフェスティバル」詳細

 開催日時 2月25日(土) 13時〜

 開催会場 神崎ふれあいプラザ 香取郡神崎町神崎本宿96

 問合わせ 神崎町教育委員会 0478-72-1601

 備考
 昨年(2011年)に行われました「第9回神崎ヤングフェスティバル」では、「富里高校ジャズオーケストラ部」「マッド・ハッターズ」の演奏で始まり、「小学生」など26組の「ピアノ演奏」、「軽音楽」、「ダンス」が披露されました。

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| 地域情報::香取 | 07:33 AM |
「阿玉台貝塚」(香取市)
 本日二つ目にご紹介するのは、となりまち「香取市」「小見川地区」の「阿玉台貝塚」です。

 「阿玉台貝塚」は、「黒部川」に面した丘陵斜面の3ヶ所にわたって分布している「貝塚」です。

 「阿玉台貝塚」は、4地点の「貝層」が環状にめぐるように構成されており、丘陵平坦部の標高が46〜48で、「貝層」は、30〜40mあたりに位置しています。
 「阿玉台貝塚」の存在は古くから周知されていたようで、明治27年(1894年)に「八木奘三郎」・「下村三四吉」両氏によって「発掘調査」が実施されています。
 (昭和32年には、「早稲田大学」の「西村正衛」氏も「発掘調査」を行っています。)
 以来、数次に渡る「発掘調査」が行われ、「縄文時代」中期の「土器」をはじめ多くの「土器」、「石器」、「骨各器」、「貝輪」等が出土しています。

 「阿玉台貝塚」から発見された「土器」は「縄文時代」中期前半の代表的なもので、「出土地名」から「阿玉台式土器」と呼ばれており、「関東地方」における「縄文土器編年」の「標識遺跡」となっていて、学術上価値が高く、全国的にもその名を広く知られている「貝塚」となっています。
 また「阿玉台貝塚」から出土している「阿玉台式土器」は「縄文時代」中期前半の「標式土器」だそうです。

 「阿玉台貝塚」で発見された主要な「貝」は、「ハマグリ」・「シオフキ」・「アカニシ」・「オキシジミ」等の「海水産」のものが発見され、その他に「哺乳類(ほにゅうるい)」・「魚類」・「鳥類」の「骨」なども検出されたそうです。
 このことから、「鹿島灘」から流入してきた「海水」が、「縄文時代」中期にはこの辺りまで迫っていたと思われます。
 「人工遺物」としては、「石器」・「骨角器」・「土製品」などがあります。
 「出土土器」は、「縄文時代」中期の「阿玉台式」が主体を占め、「加曾利EJIS+2D35」・「EJIS+2D36式」・「五領ヶ式」なども出土しています。

 「阿玉台貝塚」は、「貝層」が見られるほか、「木敷道」の「散策ルート」があります。
 「縄文の小径」の「案内柱」の「坂」を登っていくと、「国指定史跡 阿玉台貝塚」の「石柱」が立っています。
 なお「阿玉台貝塚」は、昭和43年(1968年)に「国の史跡」に指定されています。

 「縄文土器編年」の「標式遺跡」として「学術上」の「価値」が高い「阿玉台貝塚」。
 「阿玉台貝塚」のある「香取市小見川地区」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「阿玉台貝塚」詳細

 所在地  香取市阿玉台字千堂

 問合わせ 香取市生涯学習課 0478-50-1224

 備考
 「阿玉台貝塚」は現在、地元の「史跡保存会」によって保存・整備されているそうです。
 また「阿玉台貝塚」の近くには「良文貝塚」もあります。

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| 地域情報::香取 | 06:28 PM |
「第9回門前・軽トラ市」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「銚子銀座通り(ココロード銚子)」で今週末の2月26日(日)に開催されます「第9回門前・軽トラ市」です。

 「門前・軽トラ市」(2011年6月3日のブログ参照)は、「軽トラ市」で「銚子」を元気に!と開催されているイベントで、「銚子銀座通り(ココロード銚子)」を「歩行者天国」にして、定期的(月いち)に開催しています。
 主催している「門前・軽トラ市実行委員会」は、「人とのふれあいを大切にした「軽トラ市」で、農産物や加工品、花、日用品等の販売を行い、消費者、生産者、商店の交流を深めていきたい。
 また、観光の一環としてアピールしていきたい。」
 という趣旨で、平成23年度「銚子賞」「市民等団体の自由な発想によるまちづくり活動」部門でみごと、受賞しています。

 「人とのふれあいを大切に」している「門前・軽トラ市」は、毎月1回第4日曜日に「銚子銀座通り(ココロード銚子)」にて開催されています。
 「軽トラ市」当日は、「歩行者天国」になるので、ゆっくり、安全に「買い物」を楽しむことができます。
 また、「音楽活動」や「趣味の品」などの展示、サークルの発表なともあり、「買い物」だけではない、楽しさが味わえます。
 「門前・軽トラ市」は、「よそにはない、魅力的なオンリーワンの「軽トラ市」」を目指しているそうです。

 今回9回目迎える「門前・軽トラ市」の「テーマ」は、「いちご」だそうで、「銚子観音・門前軽トラ市 いちご祭り」と題し開催。
 「摘みたての美味しいいちご」や「いちごスイーツ」、「いちご雑貨」など「いちご」にちなんだ「もの」を販売する「お店」が多く出店するようです。
 また「銚子の名店」「たか倉」(2011年5月21日のブログ参照)の「苺大福」&「苺ロールケーキ」も当日販売。
 (「苺大福」120円、「苺ロールケーキ」160円)
 またフルーティーな「苺のワイン」なども販売するそうです。

 また「かんたんアロマクラフト」「手作りバスボム」を催行。
 寒い季節にぴったりの「入浴剤」を作る企画で、お子様の参加も可能です。
 会場は「新生ミヤスズ」となり「商店街事務所」で費用は500円(材料費込)で、11時〜と13時〜の2回開催で1回「40分ほど」の企画だそうです。

 「郷土色」豊かなローカルな「食」「品」が集まる「門前・軽トラ市」が開催される「銚子銀座通り」にお立ち寄りしてみてはいかがでしょうか?

 「第9回門前・軽トラ市」詳細

 開催日時 2月26日(日) 10時〜15時

 開催会場 銚子銀座通り(ココロード銚子) 銚子市新生町1

 問合わせ 銚子銀座商店街振興組合 0479-25-1666

 備考
 「門前・軽トラ市」では、毎回、「銚子ご当地グルメ」を発信・販売しています。
 「銚子ご当地グルメ」は、「地元産品」、「おいしい」、「ワンコイン」(500円以下)を基準にしているそうです。

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| 地域情報::銚子 | 10:41 AM |

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