本日ご案内するのは、近隣市「成田市」「成田山新勝寺」境内にあります「成田山平和大塔」です。
「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)は、平安時代中期に起きた「平将門の乱」の際に「朱雀天皇」が「平将門の乱」平定のため、939年(天慶2年)、「寛朝」「大僧正」を「東国」へ遣わしたことに起源を持つ「成田」の「お不動さま」です。
「寛朝」「大僧正」は、「京」の「高雄山」(「神護寺」)「護摩堂」の「空海」作の「不動明王像」を奉じて「東国」に下り、翌940年(天慶3年)、「海路」にて「上総国」「尾垂浜」に上陸、「平将門の乱」「平定祈願」のため、「下総国」「公津ヶ原」で「不動護摩」の「儀式」を行ったそうです。
「成田山新勝寺」はこの天慶3年を「開山の年」としています。
「成田」の「古刹」「成田山新勝寺」境内には、「成田山平和大塔」があります。
「成田山平和大塔」は、「弘法大師」の「開眼1150年」を記念して「成田山新勝寺」の境内に建立されたそうです。
「成田山平和大塔」は、「平和の大塔」とも称される「多宝塔形」の「仏塔」で、「成田山平和大塔」は、「塔」の内部にも入ることができ、「成田山新勝寺」「開山の歴史」や「奉納品」を見学できるほか、「不動明王」も間近で見ることができるそうです。
(写真撮影は不可)
また「成田山平和大塔」の一番上の「層」からは「成田近郊」が一望できる「ビュースポット」でもあります。
「成田山平和大塔」は、「成田山新勝寺」境内最奥に建ち、「鉄筋コンクリート造」、「高さ」58.1mの「多宝塔形」の巨大な「仏塔」で、1984年に建立されました。
(「設計管理」「財団法人建築研究協会」、「施工」「大林組」)
「成田山平和大塔」の「外観」は「二重塔」(「二重基壇(きだん)」)ですが、「内部」は5階建て(内部五層)だそうです。
「成田山平和大塔」の「基壇部分」にある1階は「霊光殿」と称し、「大塔入口」と「写経道場」のほか、「絵馬」などの「文化財」を展示しています。
2階は「明王殿」と称し、総高6mにも及ぶ大きな「御本尊」「不動明王」を中心とする「五大明王」の「巨像」を安置し、「昭和曼荼羅」、「真言宗祖師伝」などの「絵画」が荘厳されています。
3階・4階はそれぞれ「経蔵殿」、「法蔵殿」と称し、「信徒」が奉納した「不動明王」の「小像」を多数安置しています。
5階は、「金剛殿(こんごうでん)」と称し、「五智如来像」を安置しています。
ちなみに「五智如来」とは、「大日如来(だいにちにょらい)」、「阿しゅく如来」、「宝生如来(ほうしょうにょらい)」、「阿弥陀如来(あみだにょらい)」、「不空成就如来(ふくうじょうじゅにょらい)」のことです。
また「地下」には「各国の元首」から寄せられた「平和へのメッセージ」を封入した「タイムカプセル」が、落慶した1984年、「記念」に埋められています。
ちなみにこの「タイムカプセル」は2434年に「再発掘」・「開封予定」なのだそうです。
「成田山新勝寺」では、「成田山平和大塔」の「落慶」を祝して毎年5月に、「JR成田駅」前から「成田山新勝寺」「大本堂」から「成田山平和大塔」前にかけて、約1000名による「総踊り」「成田山平和大塔まつり奉納総踊り」が行われ、多くの「参拝客」や「見物客」で賑わうそうです。
多くの「参拝客」や「見物客」で賑わう5月の「成田山平和大塔」。
「霊験あらたかな北総のパワースポット」「成田山新勝寺」に訪れた際は、見処のひとつ「平和の大塔」へお立ち寄り下さい。
備考
「成田山新勝寺」には、「正五九」といって「正月」、「5月」、「9月」に「成田山新勝寺」にお参りすると普段の「月(つき)」よりも一層「ご利益」があると言われています。
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地域情報::成田 | 11:45 PM |