本日ご案内するのは、地元「銚子市」「東光寺(とうこうじ)」「イヌマキの群落」(以下「マキの群落」と表記)です。
「銚子市小船木町」にある「東光寺」は、1232年(貞永元年)に「浄土真宗」の開祖「親鸞(しんらん)聖人」が「関東巡錫(かんとうじゅんしゃく)時」、「銚子市船木地区」で「善阿弥(ぜんあみ)」という信者の懇願により「阿弥陀如来(あみだにょらい)」を安置して「菩提樹(ぼだいじゅ)」の木を植えたのが始まりと言われています。
(「東光寺」の山号は「船木山」といい、現在は「真言宗」のお寺です。)
1351年に紀州の「根来寺」の「吽恵(うんけい)」が来たときに地元領主の「幾田」氏が「吽恵上人」を尊び、「東光寺」の住職に迎えたそうです。
そのときから「東光寺」は「真言宗」に改宗したそうです。
その後「真言密教」の道場として発展し、各地より「修行僧」が多く集まったそうです。
「東光寺」の「寺宝」は「平安時代」後期といわれている「阿弥陀如来像」(銅造・木造)。
また「室町時代」前半の作と言われる「十二天画像(じゅうにてんがぞう)」また「真言八祖画像(しんごんはっそがぞう)」があります。
「阿弥陀如来像」は、「銅造阿弥陀如来」及び「両脇侍立像」と「木造阿弥陀如来立像」があります。
「銅造阿弥陀如来立像」(善光寺式三尊)は「鋳銅製(ちゅうどうせい)」で「鍍金」(メッキ)を施し、高さ25.1mの仏像。
その形状・構造・作風等から「鎌倉時代」末期(14世紀初め頃)の製作と推定されます。
「銅造阿弥陀如来立像」の「左脇侍」は「観音菩薩(かんのんぼさつ)立像」、「右脇侍」は「勢至菩薩(せいしぼさつ)立像」があり、両脇侍像・光背・台座は近世以降の後補であるようです。
「木造阿弥陀如来立像」は高さ83.2cmで、カヤ材の一本造り。
温和な顔が特徴な穏やかな作風で、「平安時代」後期(11世紀半ば以降)の製作と推定され、市内では「最古の仏像」とされているようです。
「十二天画像」は、「帝釈天(たいしゃくてん)」「火天(かてん)」「水天(すいてん)」「閻魔天(えんまてん)」「羅刹天(らせつてん)」「風天(ふうてん)」「毘沙門天(びしゃもんてん)」「伊舎那天(いしゃなてん)」「梵天(ぼんてん)」「地天(じてん)」「日天(にってん)」「月天(げってん)」で、地上における「八方位(はっぽうい)」、天上・地下の「十方位」を守る「十尊」と、太陽と月を神格化した「日天」「月天」を加えた「十二尊」に対する総称で、密教の「灌頂(かんじょう)」の儀式などに用いられたそうです。
文様や細密な筆使いの技法から「室町時代前半頃」の製作と推定され、密教の教義がこの地に及んでいたことを伝えている資料で貴重なものだそうです。
「真言八祖画像」は、「真言密教」を伝えた祖師8人「竜猛(りゅうみょう)」「竜智(りゅうち)」「金剛智(こんごうち)」「善無畏(ぜんむい)」「一行(いちぎょう)」「不空(ふくう)」「恵果(けいか)」「空海」(「弘法大師」)を「一幅」に「一人」描く「八幅一組」の画像として造られました。
繊細で華やかな表現・技法から「真言八祖画像」は「室町時代前期」の製作と推定されています。
また、「東光寺」境内に「マキの群落」があります。
最大のものは「樹齢350年」以上になるといわれています。
巨大な「マキの群落」は千葉県内でも数少なく学術的に貴重なのだそうです。
「東光寺」の「マキ」は「イヌマキ」で、境内(およそ16500平方メートル)を取り囲むように「マキ」が39本生育しています。
最大のものは樹高約19.5m、胸高直径132cm。
最小は樹高約15m、胸高直径52cm。
ちなみに「マキ」は「千葉県」の「県の木」です。
なお「東光寺」所蔵の「銅造阿弥陀如来及び両脇侍立像」「木造阿弥陀如来立像」「十二天画像」「真言八祖画像」は、「市指定有形文化財」であり、「マキの群落」は「市指定天然記念物」に認定されています。
今年は「親鸞聖人」の「750回忌」を迎え、日本各地で様々な催しが行われていますが、「銚子市」にも「親鸞聖人」と関わりがある「東光寺」があります。
この機会に「銚子市」の西に鎮座する「東光寺」に訪ねてみてはいかがでしょうか?
「東光寺」詳細
所在地 銚子市小船木町1-863
問合わせ 0479-33-0094
備考
「東光寺」「マキの群落」は、「銚子市観光協会」が選んだ「銚子百選」にも認定されています。
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地域情報::銚子 | 11:08 AM |