本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「伊能忠敬記念館」で10月25日(火)〜12月18日(日)の期間開催されます「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」です。
「香取市」は、2006年(平成18年)3月27日に「佐原市」・「山田町」・「香取郡」「小見川町」・「栗源町(クリモトマチ)」の1市3町が合併(新設合併)し、誕生した「市」です。
「香取市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「北部」は「茨城県」に接し、「首都」「東京」から70km圏、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2015年4月7日・2012年12月10日のブログ参照)から15km圏に位置しています。
「香取市」「北部」には、「水郷」の「風情」が漂う「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)が「東西」に流れ、その「流域」には「水田地帯」が広がり、「香取市」「南部」は「山林」と「畑」を中心とした「平坦地」で、「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「一角」を占めています。
「香取市」の「産業」ですが、「温暖」な「気候」と肥沃(ヒヨク)な「農地」に恵まれた「地域」の「特性」を活かした「農業」が盛んに営まれており、「香取市」は「首都圏」の「食料生産地」の「役割」を担っています。
「香取市」の「農業」ですが、古くから「水郷」の「早場米産地」として知られる「米どころ」で、「千葉県内」1位を誇る「米」の「生産地」であり、また「食用甘しょ」の「生産」・「販売額」「全国一」を誇る「甘しょ生産地」として知られています。
ちなみに「早場米」とは、8月「お盆過ぎ」には「稲刈り」が始まり、「出荷」される「米」のことで、「香取市」は「良質」な「早場米」の「産地」として知られています。
「樋橋(トヨハシ)」(2012年2月13日のブログ参照)ですが、「香取市」「佐原」に架かる「橋」で、「通称」「ジャージャー橋」とも呼ばれています。
「樋橋」ですが、もともと江戸時代に「小野川」(2012年9月7日のブログ参照)「上流」でせき止めた「農業用水」を「佐原」の「関戸方面」(現・佐原駅方面)の田に送るために「小野川」に架けられた、大きな「樋(トヨ)」だったそうで、その「樋」を人が渡るようになり、昭和時代に「コンクリート橋」に、1992年(平成4年)に現在の橋になったそうで、橋を造る際に、かつての「ジャージャー橋」のイメージを再現するため、水が落ちるように造られました。
なお「樋橋」は、1996年(平成8年)に、「環境省」の「日本の音風景100選」に選定されています。
「小野川」は、「香取市」を流れる「一級河川」で「利根川水系」「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)の「支流」です。
「利根川」の「支流」である「小野川」は、江戸期より「水運の集散地」として「佐原のまち」を発展させました。
2004年(平成16年)には、「佐原の市街地」の「洪水」を解消するため「香取市」「牧野地先」から「本宿耕地地先」「利根川」まで流す「小野川放水路」が完成しています。
「伊能忠敬記念館」(2012年4月21日・1月29日・2011年3月8日のブログ参照)は、「佐原の偉人」「伊能忠敬」の「功績」を讃(タタ)え、その「功績」を余すところなく紹介している「記念館」です。
以前「伊能忠敬記念館」は、「伊能忠敬旧宅」の「敷地内」にありましたが、「記念館」「建設」から相当な「年月」が経ち、また、かつての「伊能忠敬記念館」の「展示面積」が手狭であったなどのことから、1998年(平成10年)5月22日に、「伊能忠敬旧宅」の「小野川」を挟んで「樋橋」を渡った対岸に新しく「伊能忠敬記念館」が設置されることとなり、「現在地」に「伊能忠敬記念館」が開館したそうです。
「伊能忠敬記念館」では、「醸造業」などを営む「豪商」の「伊能家」に17歳で「婿養子」に入り、「家運」を盛り立て「佐原の名主」として活躍した「前半生」、そして50歳(49歳)で隠居して、のちに「江戸」に出て「勉学」に励み、56歳から71歳まで計10回にわたって「全国測量」を行った「伊能忠敬の人生」を、「年代順」に追って紹介しています。
「伊能忠敬記念館」では、「国宝」に指定された「測量器具」や、「伊能図」の数々が展示され、「地球」1周分の「距離」を測量して歩いたという「伊能忠敬の業績」を偲ぶことができ、その結晶ともいえる正確さと、芸術的な美しさを備えた「地図」や、「伊能忠敬関連資料」等が展示された「伊能忠敬記念館」は、「香取市」「佐原」の「観光名所」のひとつとなっています。
「伊能忠敬記念館」の「展示」の「概要」は、「佐原時代」、「全国測量」、「伊能図の完成」、「地図の世界」と分けられ、「内容」は、下記の通りです。
佐原時代
伊能忠敬50歳までの前半生を紹介
伊能忠敬は、50歳で江戸に出るまで佐原の名主・村方後見を務め、家業では醸造業等を営んでいました。
34歳の時松島への旅行では神社仏閣を訪ねる旅でしたが、48歳の時伊勢神宮への旅の途中には、緯度・方位観測を行っており、このころから天文や暦学への興味をいだいておりました。
全国測量
隠居してからの勉学と全国測量の行程を紹介
江戸で、天文方高橋至時の弟子になり勉強を本格的に始めます。
55歳で北海道南岸の測量を行い、以後計10回に及ぶ日本全国の測量を71歳まで行いました。
伊能忠敬は73歳で亡くなりますが、彼の没後3年にして日本全図は完成しました。
伊能図の完成
伊能図の数々を紹介
伊能図には、1821年(文政4年)完成の「大日本沿海輿地全図」(大図214枚縮尺36000分の1、中図8枚縮尺216000分の1、小図3枚縮尺432000分の1)のほか、測量ごとに作った地図や名勝地を描いたものなど、多くの種類があります。
いずれの地図も実際に測量してつくられたので、とても正確であるとともに、芸術的な美しさを備えています。
(国宝の伊能図や測量器具は2ヶ月ごとに展示替えを行っています)
地図の世界
日本地図の歴史や、楽しい世界の地図を紹介
伊能忠敬がつくった伊能図により日本の正確な姿が紹介された19世紀以前において、ヨーロッパの人々は日本の姿をどのように理解していたのでしょうか。
ヨーロッパから見れば極東の地である日本については、さまざまな憶測やとぼしい地理的情報に基づいて描いていました。
また、同時に日本人は自分の国の姿をどのように理解していたのでしょうか。
地図はその時の時代観、宗教観、目的によってさまざまな形をとります。
見ても楽しく興味深いものです。
「伊能忠敬関連資料」ですが、平成22年(2010年)6月29日に「重要文化財」から「国宝」に指定された2345点の「資料群」です。
「国宝」に指定された「資料」は、「地図・絵図類」、「文書・記録類」、「書状類」、「典籍類」、「器具類」に分類され、「伊能忠敬」の「全国測量」に関る「資料」の他、「孫」の「忠誨(タダノリ)」の「資料」も含まれています。
ちなみに「国宝」とは
「国が指定する重要文化財のうち、世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝」
と評価され指定された「資料」のことです。
「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」は、「地図・絵図類」、「文書・記録類」、「書状類」、「典籍類」、「器具類」となっており、「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」・「目録」は、下記の通りです。
「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」・「目録」
「地図・絵図類」787点
採色された伊能図、その元となった下図(シタズ)、測量経路の風景を鳥瞰図的に描いた麁絵図(アラエズ)、各測量地から提出された参考絵図などがあります。
伊能図の作成過程をうかがい知り、また各地の測量技術を明らかにできる貴重な資料群です。
「文書・記録類」569点
日本全国測量中の日記、山などの方位を測った山島方位記、夜に天体観測した星の観測記録、先生である高橋至時の御用日記、測量御用の辞令や先触、伊能忠敬の孫である伊能忠誨(タダノリ)が作成した星図などの資料です。
「書状類」398点
伊能忠敬直筆の書状のほか、息子景敬、娘イネなどの親族、先生の高橋至時・高橋景保、尾形謙二郎や坂部定兵衛など弟子たち、友人の江川英殻・久保木清淵や諸藩の役人との書状があります。
「典籍類」528点
伊能忠敬が学んだ暦学書、測量書、和算書や測量に関わる中で集めた地理書などがあります。
「器具類」63点
地上測量の器具には、量程車や半円方位盤、象限儀(小)などが、天体観測の器具には、緯度測量に使う象限儀(中)、経度測定に使う水揺球儀があります。
また、地図を作成する時に使った烏口や地図記号の印もあります。
特に伊能忠敬の孫の伊能忠誨が使用した水揺球儀もあり、国内でも有数のコレクションとなっています。
この度(タビ)「伊能忠敬記念館」では、10月25日(火)から12月18日(日)までの期間「特別展」「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」を開催するそうです。
「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」開催に際し、「伊能忠敬記念館」では、下記のような紹介、鑑賞を呼びかけています。
地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜
地図と絵画。
現代に生きる私たちにとって、両者はまったく異なるジャンルのものと感じられます。
しかし、その昔、「絵図」という言葉が「絵画」と「地図」の双方を意味するものであったように、地図と風景画の違いは極めて曖昧なものでした。
しかし、江戸時代の後期、鎖国制下の日本にもたらされた西洋の新しい知識や技術が、それまで曖昧であった地図とアートの世界に明確な境界線を引いていくことになります。
けれども、幕末・明治時代以降も、伝統的な「絵図」の世界をあえて追求し、通常の地図とも風景画とも異なる地図とアートが融合した不思議な作品を創り上げた人たちがいました。
本展では、地図と風景画の違いはどこにあるのかをテーマに、伊能図や歌川広重の浮世絵の他、吉田初三郎や五雲亭貞秀等鳥瞰図(パノラマ地図)絵師たちの作品を紹介しながら、地図とアートの境界を揺れ動いた風景画の「もうひとつの歴史」を追いかけていきます。
注釈・期間中一部資料の展示替えを行います。
前期 10月25日(火)から11月20日(日)
後期 11月22日(火)から12月18日(日)
「佐原の偉人」「伊能忠敬」の「生涯」・「功績」を余すところなく紹介している「伊能忠敬記念館」で開催される「特別展」「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」。
この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」詳細
開催期間 10月25日(火)〜12月18日(日)
開館時間 9時〜16時半 (最終入館〜16時)
開催会場 伊能忠敬記念館 香取市佐原イ1722-1
入館料 大人500円 小・中学生250円
休館日 月曜日 (祝日の場合は開館) 年末年始
問合わせ 伊能忠敬記念館 0478-54-1118
備考
「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」が開催される「伊能忠敬記念館」では、「香取市合併10周年」を記念して、「第8回香取小江戸マラソン」の「実施」に合わせて12月18日(日)に限り、すべての「方」の「入館料」が「無料」となります。
また「香取市合併10周年記念特別展」「地図とアートの境界〜伊能図とパノラマ風景画の200年〜」では、「前期」に展示して「好評」を博した「鍬形恵斎」「画」の「江戸一目図屏風」の「現物」を、下記の「日程」、「展示作品」を特別再公開するそうです。
開催日程 12月16日(金)〜12月18日(日)
展示作品
江戸一目図屏風
鍬形恵斎画
津山郷土博物館所蔵
江戸の街のパノラマ画。
現在の東京スカイツリーから見た眺望と似ていることが話題となりました。