本日ご案内するのは、地元「銚子市」「飯沼観音」で2015年(平成27年)12月31日(木)〜2016年(平成28年)1月5日(火)の期間開催されます「飯沼観音」「年末年始イベント」です。
「円福寺」(圓福寺)(2012年2月19日のブログ参照)は、「銚子市」(2010年9月20日のブログ参照)「馬場町」に鎮座する「真言宗」の「寺院」で、「山号」は「飯沼山」、「御本尊」は「十一面観世音菩薩」です。
「飯沼の観音さま」「銚子の観音さま」として知られる「円福寺」(圓福寺)は、「日本一」の「流域面積」を誇る「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)の「河口」、「日本一の水揚げ量」を誇る「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)(第1卸売市場)(2010年12月18日のブログ参照)の近くにあり、「銚子市」の「中心」に位置していたことから、「市街」は、その「門前町」として発展してきました。
「飯沼観音」(2010年11月24日のブログ参照)の「門前」「西側」は、「銚子銀座通り」(ココロード銚子)(2011年10月1日のブログ参照)となっており、「門前」「東側」には「島田総合病院」や「今川焼」の「さのや」(2010年12月16日のブログ参照)があります。
「飯沼山圓福寺」(円福寺)ですが、「寺伝」によりますと、724年(神亀元年)「漁師」が「海」で、「十一面観世音菩薩」を「網」ですくい上げ、その後弘仁年間(810年〜824年)、この地を訪れた「弘法大師」「空海」が開眼したとされています。
「飯沼山観世音縁起絵巻」によりますと
神亀元年(七二四)毎夜、海上に光を放つものがあり、海人が怪しんでいたところ、ある漁夫に観音さまの夢告があり、世間の衆生を救いたいので汝の網によって出現したいとのこと。
そこで網を投じたところ、御丈二尺余の十一面観音像が瑪瑙石(メノウイシ)を脇ばんで出現なされたとある。
その時に天から降米の奇瑞があったので「飯沼」という地名がある由。
「坂東霊場記」はこのことを
「石の如く罪重くして苦海に沈む衆生をもらさず浄土の岸へ救い上げんとの救世の悲願を示し玉ふ」
と綴っており、そして「お像」を感得した「漁夫」は出家して「観音さま」に仕え、「おこり除けの法師」として「諸人」を救ったと伝えています。
「飯沼山圓福寺」(円福寺)には、のちに「弘法大師」が来られ、「御本尊」の「蓮座」を造られ、「開眼の秘法」を修ぜられたといわれています。
その時、この地の「海上長者」は「大師」の「高徳」を敬慕して、深くこの「御本尊」さまに帰依(キエ)し、「財宝」を傾けて「壮麗」なる「堂舎」を建立したとされています。
「飯沼山圓福寺」(円福寺)ですが、上記のように鎌倉時代以降、この地を治めた「海上氏」の「帰依」を受け、「寺運」は興隆したそうです。
「飯沼山圓福寺」(円福寺)には、鎌倉時代から足利時代にかけての「古文書」が多いそうですが、そのほとんどが「海上氏」「関係」のものなのだそうです。
「海上氏」ですが、「千葉氏」「第五世」の「千葉常胤」な「六男」の「胤頼」が、この地にあって「東氏」を称し、その「孫」の「胤方」が「海上の庄」を与えられて「海上氏」を名乗ったそうです。
「胤方」の「次男」「盛胤」が正安元年以前に、それまで兼ねていた「飯沼寺」「別当職」を「弟」の「長胤」にゆずり、その「子孫」が「代々」「寺」を継いだそうです。
康安三年に「宗快」が「円福寺」の「住持」、のちの「上超」・「弘恵」もいずれも「海上氏」「出身」であるそうです。
「観音堂」も天正六年(一五七八)「海上氏」によって「方八間」のものが建立され、また「円福寺」「十ヶ坊」の「存在」は、足利時代からこの「寺」が「海上氏」「保護」のもとに「学山」であったことを語るものといわれています。
なお「銚子市史」に
「飯沼観音が、その撰(坂東札所としての指定)に入った理由は、鎌倉幕府に重きをなした東氏・海上氏の指示するところたるに依るのみならず、その推挙があったためかと思考される」
と記しているほどに「海上氏」との「因縁」は深いそうです。
「飯沼山圓福寺」(円福寺)ですが、江戸時代には「十間四面」の「大本堂」が造営され、この「お堂」が戦災前まで「広壮」な「姿」を見せていたのは「人」のよく知るところなのだそうです。
天正19年、「徳川家康」に「朱印」を賜り、「諸堂」を整備、「飯沼山圓福寺」(円福寺)「五千六百余坪」の「境内」には「仁王門」・「鐘楼」・「薬師堂」・「大師堂」があり、安政2年(1855年)刊の「利根川図志」では
「境内に見せ物 軽わざしばい、其外茶見世多く至って賑はし」
と、その「盛況」を写しており、それは遠くはるばる「江戸」から詣で来る「膳男膳女」、それに特に「航海」、「漁師」の「人たち」の「熱心」な「参詣者」をはじめ、「巡礼者」による「賑わい」であったそうで、「飯沼山圓福寺」(円福寺)は「隆盛」を極めていたそうです。
その当時「飯沼山圓福寺」(円福寺)ですが、現在の「本坊」と、「観音堂」とは「地続き」であったそうで、「今」は「仁王門」の「道」を「右」へ、「大通り」を横切って200mほど行くことになり、「納経」は、この「本坊」で受けつけており、「飯沼山圓福寺」(円福寺)「本坊」には「円福寺古記録」など「古文書」をはじめ、「江戸」の「俳人」・「古帳庵」の「句碑」、「天保水滸伝」で知られる「侠客」「銚子の五郎蔵」の「墓」などがあるそうです。
しかし、1945年(昭和20年)「銚子大空襲」があり、「多宝塔」以下「観音堂」、「仁王門」、「鐘楼」、「太子堂」、「馬頭観音堂」、「二十三夜堂」、「茶枳尼天堂」、「龍蔵大権現堂」など「諸堂」を焼失したそうです。
その後、「銚子のシンボル」である「観音堂」の「再建」は、昭和46年(1971年)に「衆庶」の「信助」により「見事」に完了。
「飯沼観音」の「境内」の「大仏」は「銚子」「近在」の「人たち」(衆庶)の「喜捨」(信助)で、正徳4年(1714年)に鋳造され、平成20年(2008年)「五重塔」(形式「三間五重塔婆」「総高」33.5m)の「完成」に伴い、現在の「場所」に移っています。
「飯沼観音」ですが、「一般」に「観音さま」の「呼び名」で親しまれており、「飯沼観音」「境内」には、上記のように「江戸」の「豪商」・「古帳庵」の「句碑」などがあり、「日本」における「河川測量」の「原点」である「飯沼水準原標石(イイヌマスイジュンゲンショウセキ)」が存在し、「文化財」としても、「歴史的」、「学術的」にも「価値」があるそうです。
1872年(明治5年)12月「オランダ人」「リンド」により「水準原標石(スイジュンゲンショウセキ)」(2011年2月21日のブログ参照)が設置され、これを「起点」として「日本水位尺」が定められたそうです。
「水準原標」とは、「水準測量」(「高さ」を測る「測量」)を行う「時」の「原点」となる「点」のことだそうです。
また「飯沼観音」は、「坂東三十三観音霊場(バンドウサンジュウサンカンノンレイジョウ)」(2010年10月13日のブログ参照)の「二十七番札所」として「信仰」を集めています。
なお、「飯沼山圓福寺」、「飯沼観音」ですが、「日本百観音」、「西国三十三所」、「坂東三十三所」、「秩父三十四所」となっています。
この度(タビ)「飯沼観音」では、「年末年始」を迎え、2015年(平成27年)12月31日(木)から2016年(平成28年)1月5日(火)までの「期間」「飯沼観音」「年末年始イベント」を開催するそうです。
「飯沼観音」「年末年始イベント」ですが、下記の通りとなっています。
2015年(平成27年)12月31日(木)
於 飯沼観音 鐘楼堂
23時00分〜 除夜の鐘
先着順により打鐘
2016年(平成28年)1月1日(祝・金)〜1月5日(火)
新春大護摩供
元旦
0時00分、8時00分、10時00分、12時00分、14時00分、16時00分
1月2日(土)〜1月5日(火)
8時00分、10時00分、12時00分、14時00分、16時00分
おしるこ無料接待
2016年(平成28年)1月1日(祝・金)〜1月5日(火)
9時00分〜16時00分
2016年(平成28年)1月3日(日)
13時00分〜16時00分
新春奉納大道芸 (大道芸研究会)
ガマの油売り
江戸の独楽会
傘回し
南京玉すだれ
バナナの叩き売り
バルーンと皿回し
「ちょうしのかんのんさま」の「愛称」で親しまれている「古刹」「飯沼観音」で開催される「飯沼観音」「年末年始イベント」。
この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「飯沼観音」「年末年始イベント」詳細
開催期間 12月31日(木)〜2016年(平成28年)1月5日(火)
開催会場 飯沼観音 銚子市馬場町1-1
問合わせ 飯沼山圓福寺 0479-22-1741
備考
「銚子市」では、「土・日・祭日」のみの「運行」している「岬めぐりシャトルバス」が、「年末年始」は「臨時運行」を実施するそうです。
「岬めぐりシャトルバス」の「年末年始」の「運行日」ですが、2015年(平成27年)12月30日(水)から2016年(平成28年)1月3日(日)までとなっており、「ルート」は、下記の通りです。
銚子駅(2011年5月7日のブログ参照)
第一魚市場(2015年4月7日のブログ参照)
川口神社(2010年12月22日のブログ参照)
ポートタワー(2010年9月3日のブログ参照)・ウオッセ21(2011年4月26日・2010年8月25日のブログ参照)
黒生
とんび岩
国木田独歩(2011年6月1日のブログ参照)碑入口
海鹿島
君ヶ浜海岸(2011年6月1日のブログ参照)
犬吠埼灯台(2011年1月1日のブログ参照)入口
銚子電鉄犬吠駅(2011年6月21日のブログ参照)
地球の丸く見える丘展望館(2010年8月30日のブログ参照)