本日ご紹介するのは、となりまち「旭市」で募集しています「旭市「道の駅」の名称大募集」です。
「旭市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「県庁所在地」「千葉市」から50km圏、また「東京都心」から80km圏に位置している「市」で、「人口」は約7万人(2014年11月1日現在・人口 68085人(男・33421人、女・34664人、世帯数・25189世帯))です。
「旭市」の「南部」は美しい「弓状」の「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「旭市」の「北部」には「干潟八万石」といわれる「房総半島」「屈指」の「穀倉地帯」となだらかな「丘陵地帯」である「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)が広がっています。
「旭市」ですが、「旭市」、「香取郡」「干潟町」、「海上郡」「海上町」、「海上郡」「飯岡町」が、2005年(平成17年)7月1日に「対等合併」し、新「旭市」して「スタート」しています。
「旭市」の「中央部」を「東西」に、「JR総武本線」と「国道126号線」が通り、「周辺」は「市街地」として発展しています。
「旭市」では、「海水浴」、「サーフィン」、「パークゴルフ」、「キャンプ」、「釣り」など「多彩」な「レジャー」が楽しめる「まち」です。
「旭市」の「海水浴」、「サーフィン」「スポット」ですが、「矢指ヶ浦海水浴場(やさしがうらかいすいよくじょう)」(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年月17日のブログ参照)、「飯岡海水浴場」(2014年7月14日・2013年7月12日・2012年7月17日のブログ参照)があげられ、「パークゴルフ」では、「あさひパークゴルフ」(旭市中谷里8340番地53 0479-62-8989)、「キャンプ」では、「海上キャンプ場」(旭市岩井1000 0479-55-5250)、「釣り」ですが、「ヘラブナ釣りスポット」として「長熊釣堀センター」(旭市萬力3566-1 0479-68-4602)(2012年5月4日のブログ参照)、「袋の溜池」、「海釣り」として「飯岡漁港」(2012年6月6日のブログ参照)の「釣り船」や「飯岡地先」の「海岸部」「全域」が「投げ釣り」の「スポット」とな
っており、「旭市」には、多くの「観光客」、「同好者」、「愛好家」が訪れています。
「旭市」の「平均気温」ですが、15℃と「温暖」な「気候」で、「旭市」では「気候風土」を活かし、「産業」では、「施設園芸」、「畜産」、「稲作」、「露地野菜」など盛んな「農業」をはじめ、「水産業」、「商業」、「工業」など、「バランス」良く「成長」しています。
現在、「旭市」は「東総地域」の「中核都市」として「今後」の「発展」が期待されており、「新・旭市」では「将来都市像」として
「ひとが輝き みどりがつくる 健康都市「旭」」
とし、その「イメージ」から「市章」が「デザイン」されており、「健康」で「元気はつらつ」と躍動する「旭市民」と、「未来」へと飛躍する「活力」ある「旭市」の「姿」を表しているそうです。
「旧・旭市」は、1954年(昭和29年)7月1日に、「海上郡」「旭町」が「市制施行」し「旭市」となりました。
「旧・旭市」の「歴史」ですが、明治22年()、「網戸村」、「成田村」、「十日市場村」、「太田村」の4つの「村」を合併して新しい「町」が誕生した時、昇る「旭」の「躍進」と「木曾義昌」を偲んだ「野々口隆正」の「和歌」の「旭」から「旭」という「町名」がつけられ、「旭」という「地名」は生まれたそうです。
「旧・旭市」ですが、1954年(昭和29年)の「市制施行」後の「人口」は3万人弱、2005年(平成17年)の「人口」40881人となっており、「東西」10.8km、「南北」8.8km、「面積」50.61平方kmでした。
「旧・旭市」は、近世以来、「十日市場」の「商業集落」を「中心」に発展しており、昭和28年(1953年)「旭中央病院」(2011年4月8日のブログ参照)開設、昭和39年(1964年)「旭中央病院付属看護専門学校」開設後、「旧・旭市」は「千葉県」「東総地域」における「地域医療」の「核」となる「まち」として認識されています。
「旧・海上町」は、「千葉県」の「東部」、「海上郡(かいじょうぐん)」に存在した「まち」で、「まち」の約半分が「椿海」(2011年4月17日のブログ参照)という「湖」であったそうです。
「旧・海上町」は、「面積」28.59平方km、「人口」11153人、「世帯数」3385世帯が住んでいました。
(「旭市」に合併前の2005年(平成17年)4月1日時点のデータ)
「旧・海上町」の「主要産業」は「農業」で、「旧・海上町」の「農業」ですが、「稲作」の「合理化」や「有機栽培」への「取り組み」、「新規作物」の「開発」など「旧・海上町」の「農業」は幅広い「発展」を遂げてきました。
また「旧・海上町」の「特産品」ですが、「大豆」や「マッシュルーム」、「花卉栽培」など、「生産者」の「新規事業」への「取り組み意欲」も「旺盛」で、「まち」として「都市と農村の交流」を「目的」にした「食料と農業に関する基本協定調印式」なども行われており、「旭市」「海上地区」は「安全」な「食料の供給」を目指し、実行されています。
「旧・干潟町」は、「香取郡」に属していた「まち」で、「面積」は32.44平方km、「総人口」8042人(2005年4月1日時点)でした。
「旧・干潟町」は、江戸時代に「椿の海」(2011年4月17日のブログ参照)の「干拓」によってできた「干潟八万石」にあった「まち」であり、「町域」には縄文時代から古墳時代の「遺跡」が数多く残されており、また「旧・干潟町」には、「農協」(JA)の「祖」「大原遊学」の「足跡」を集めた「大原遊学記念館」(2011年4月8日のブログ参照)等があります。
「椿海」を干拓した「干潟八万石」は、「県内有数」の「穀倉地帯」になっており、「干潟町」には「大利根用水」が通じ、「米」、「蔬菜(そさい)」、「ミニトマト」、「ヤマトイモ」、「落花生」などを産しており、「養鶏」、「養豚」などの「畜産加工業」も盛んに営まれています。
特に「旧・干潟町」の「萬歳地区」は、「干潟八万石」が育んだ、「安心」・「安全」な「ブランド米」「萬歳米」の「産地」として知られており、「萬歳」の「由来」ですが、「千歳」、「萬歳」いつまでも栄えるようにとの「願い」を込めて名付けられたそうです。
「旧・干潟町」ですが、「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)の「北端」でもあり、「町域」は上記のように「椿海」と呼ばれた「潟湖」の「干拓地」から「下総台地」(北総台地)にまたがり、「早場米産地」となっています。
「下総台地」(北総台地)と「干拓地」の「境」に「新田集落」が「列状」に並び、「親村」は「台地上」に「塊状」の「集村」をなしていました。
「旧・干潟町」は、「用水不足」と「排水不良」のため、たびたび「干害」、「水害」を被りましたが、1951年(昭和26年)の「大利根用水」の「完成」と「耕地整理」によって、「土地生産性」が「大幅」に増加しています。
「旧・飯岡町」は、「海上郡」にあった「町」で、「九十九里浜」「最東端」の「町」でもありました。
「旧・飯岡町」の「特産品」ですが、「農業」では「メロン」の「飯岡貴味メロン」、「イチゴ」の「女峰」「さちのか」「とちおとめ」、「トマト」の「桃太郎」、「漁業」の「イワシの加工品」、「白魚」、「ハマグリ」等があげられます。
特に「漁業」ですが、昭和33年(1958年)には、「飯岡町漁業協同組合」が設立され、そして昭和45年(1970年)には、「飯岡町漁協」、「海上郡漁協」、「豊富漁協」、「匝瑳郡漁協」(飯岡町、旭市、野栄町、八日市場市、光町(当時))にまたがる「広域合併」を行い、現在は「海匝漁協」となっています。
合併に並行して「漁港」の「整備」も進み、昭和57年(1982年)2月には「飯岡漁港」(2012年6月6日のブログ参照)が「正式」に開港し、「盛大」に「開港式」が執り行われたそうです。
「旧・飯岡町」ですが、17世紀の終わりには、「廻船(かいせん)」が、「九十九里浜」「最西端」の「太東岬」を「目印」に「帆」を降ろして「飯綱権現(いづなごんげん、いいづなごんげん)」に拝礼し、さらに「刑部岬(ぎょうぶみさき)」(2012年5月26日のブログ参照)でも「海難予防」としてと「帆」を降ろしたことから、「太東岬」の「飯綱寺」の「御本尊」である「飯綱権現」と区別する「意味」で、「刑部岬」も「飯岡」と呼ばれるようになったそうです。
なお「飯岡」には、「廻船」が「飯綱寺」の「飯綱権現」に拝礼するのは、「廻船」の「航路」を発見した「土方」の「七兵衛」(河村瑞賢)が、「飯綱」の「兵法」のお陰で「明暦の大火」で「江戸城」と「城下」を焼失し、「再建」のための「木材」を買い占めて「大儲け」をすることができたという「逸話」が伝わっています。
「旭市」は、「通年」「温暖」な「気候」(平均気温15℃)となっており、「冬」暖かく、「夏」は涼しい恵まれた「環境」のため、「農業」が盛んに営まれており、上記の「干潟八万石」の「肥沃(ひよく)」な「水田」で取れる「水稲」はもとより、「施設園芸」による「キュウリ」・「トマト」などの「野菜づくり」、「カーネーション」、「ガーベラ」などの「花の栽培」などが行われています。
ちなみに「千葉県」の「野菜生産額」ですが、「都道府県」で「国内1位」となっており、そして「旭市」の「農業産出額」は「千葉県」で「1位」となっており、この事から「旭市」が「野菜王国」「千葉」の「一翼」を担っていることがわかります。
「旭市」の「漁業」も盛んに営まれており、「飯岡漁港」は「沖合い・沿岸漁業」の「根拠地港」として成り立ち、「水揚げ」の90%を占める「昔」からの「代表的漁獲物」である「イワシ」を獲る「まき網漁業」(揚繰網)を「中心」に、「シラウオ」・「シラス」を獲る「船びき網漁業」、「ヒラメ」や「イセエビ」などの「高級魚」を獲る「固定式さし網漁業」、「ハマグリ」や「赤貝」(サトウガイ)を獲る「貝巻き網」などの「漁業」が営まれており、平成20年(2008年)には約3万9千t(トン)が水揚げされ、「県下」では「水産業漁獲量」において「銚子漁港」(2012年1月24日のブログ参照)に次ぐ「県下第2位」の「地位」を「不動」のものとしています。
「飯岡地区」の「伝統加工品」である「丸干しいわし」ですが、「日本一」の「生産量」を誇り、近年「健康食品」としても「注目」を集めており、また「旭市」の「九十九里地域」の「広大」な「砂丘域」である「九十九里浜」では、「蛤(ハマグリ)」や「サトウガイ」(赤貝)などの「採貝漁業」が営まれており、「千葉県」が創設している「千葉のさかな」「認定制度」「千葉ブランド水産物」(2011年2月14日のブログ参照)に一昨年(2012年)11月14日に認定された「九十九里地はまぐり」(2012年12月17日のブログ参照)が新しい「特産品」となっています。
「旭市」は、「特産」の「貴味メロン」、「梨」、「いちご」(2011年12月14日・2010年12月10日のブログ参照)といった「観光農園」から、「畜産業」も盛んに営まれており、「農産物」から「畜産物」・「水産業」まで何でもそろう「食料のまち」といえ、「旭市」は「千葉県内屈指」の「食料供給基地」となっています。
この度(たび)「旭市」では、「旭市」の「基幹産業」である「農水産業」及び「商工業」の「発展」と「地産地消」の「推進」、「観光立地」としての「魅力」をアップさせることを「目的」に、平成27年度の「開業」を目指し「道の駅施設整備事業」を推進しています。
現在、「道の駅建設準備委員会」におきまして、「施設」の「持続的」な「発展」を目指し「様々」な「検討」を行っており、「旭市「道の駅」の名称大募集」を行っています。
「旭市「道の駅」の名称大募集」の「募集要項」ですが、下記の通りとなっています。
応募期間
11月9日(日)〜12月19日(金)
郵送の場合は当日消印有効
応募資格
応募時点で市内に住所を有する方(年齢制限等はありません。)
応募先
旭市役所企画政策課(本庁舎2F)
賞品
大賞 1名 (商品券100000円相当)
優秀賞 3名 (商品券 10000円相当)
応募は1人1点とし、全国にある道の駅と同一の名称は不可とする。
*ひらがな3文字の「あさひ」はすでに登録済みのため応募できませんが、前後にその他の時句が入れば応募することができます。
例・「○○○あさひ」など
「旭市「道の駅」の名称大募集」に応募してみてはいかがでしょうか?
備考
「旭市「道の駅」の名称大募集」の「募集要項」、「募集チラシ」、「応募用紙」ですが、「旭市」「HP」「旭市道の駅名称大募集!」を参照下さい。