本日ご案内するのは、近隣市「四街道市」「和良比皇産霊神社(わらびみむすびじんじゃ)」で2月25日(火)に開催されます「和良比(わらび)はだか祭り」です。
「千葉県」「北部」で「県庁所在地」「千葉市」に隣接する「四街道市」は、「東京都心」へも40km圏内にあり、「首都圏」の「ベットタウン」として発達してきました。
「東西南北」、四つの「街道」が交わっていることから「四街道」の「市」の「名前」のとおり、「人」と「情報」と「産物」の「交流地」でもある「四街道市」ですが、江戸時代には「佐倉藩」の「領内」で、「幕末」の「藩主」は「老中」・「堀田正睦」だったそうです。
「堀田正睦」は、「蘭学」、「学問」を推奨したため、「四街道市」の「旧跡」にも「名残」があるそうです。
「和良比皇産霊神社(わらびみむすびじんじゃ)」は、「四街道市」「和良比地区」にある「神社」で、「高皇産霊大神(たかみむすびのかみ)」が祀られています。
「和良比皇産霊神社」は、「JR四街道駅」の「南」1km程の辺り、「千葉郊外」の「住宅地」の「外れ」に鎮座しています。
「和良比皇産霊神社」は、「和良比どろんこ祭り」が行われていることで知られている「神社」ですが、もともとは「大六天」が祀られている「和良比大六天社」でした。
古くに「勧請」されたといわれている「和良比大六天社」には、「大六天」の他に「建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)」と「高皇産霊大神」が祀られていたそうです。
江戸時代、「和良比皇産霊神社」はもとは「西」に数百m離れた「字御屋敷」という「場所」にあったそうで、そこは「神仏習合」の「地」で、同じ「建物」の「半分」が「真言宗豊山派」「吉祥院」(創建年不明)という「寺院」、残りの「半分」が「皇産霊神社(みむすびじんじゃ)」となっていたそうです。
明治時代の「神仏分離令」により、「真言宗豊山派」「吉祥院」と「皇産霊神社」を分離し、「皇産霊神社」を「大六天社」に合祀し、現在に至るかたちとなっていったそうです。
その結果、「字御屋敷」には「真言宗豊山派」「吉祥院」、「字中山」には「皇産霊神社」が鎮座するかたちになり、現在でもその「名残」として「和良比皇産霊神社」「社殿」に掲げられている「額」には「大六天」とあります。
「和良比はだか祭り」は、「和良比皇産霊神社」と「神社」「隣」の「和良比ヶ丘公園」内「神田(かみた)」で行われる「神事」・「伝統行事」です。
「和良比はだか祭り」の「原型」ですが、明治初年に「真言宗豊山派」「吉祥院」から「和良比皇産霊神社」が遷宮する際に執り行われた「まつり」だとされており、古くは「和良比皇産霊神社」に合祀されている「厄除神」として「信仰」の篤い「大六天」の「まつり」であったそうで、「御遷宮」の際に「御手洗池」(神田)で「水ごり」した「習慣」が「はじまり」といわれています。
現在「和良比はだか祭り」は、「子供」の「無病息災」に「五穀豊穣」を祈る「まつり」として行われています。
「和良比はだか祭り」ですが、「和良比皇産霊神社」で行われる「神事」には、「一般」の「参加」はできませんが、「和良比皇産霊神社」「隣」の「和良比ヶ丘公園」内「神田」で行われる「幼児祭礼」、「泥投げ」、「騎馬戦」は「一般」の「参加」もできるそうです。
「和良比はだか祭り」は、上記のように「五穀豊穣」と「厄除け」を祈る「和良比皇産霊神社」の「伝統行事」で、「通称」「どろんこ祭り」として広く知られる「まつり」で、「和良比はだか祭り」「当日」は「豊作」を祈願する「神事」で始まり、「裸衆祭礼」、「神田(しんでん)」(または「御手洗池(みらたらいけ)」)で、「しめ縄」の「わら」を「稲」に見立て「田植え」をするそうです。
「和良比はだか祭り」の「神事」では、30〜40人の「締め込み」の「裸衆」が「身」を清めた後、上記のように「和良比皇産霊神社」「社殿」の「注連縄(しめなわ)」の「わら」を「稲」に見立てて、「神社」の「下」にある「神田」で「田植え」を行って「豊作」を祈ります。
続いて「和良比はだか祭り」では、「幼児祭礼」、「騎馬戦」、「泥投げ」と続く、「通称」「どろんこ祭り」の「名称」のとおり「泥だらけ」の「お祭り」となっています。
「幼児祭礼」ですが、「子ども参り」で、この日に備えて着飾った「万1歳未満」の「赤ん坊」(「幼児」)を抱かえ、「神田」にて「額(ひたい)」に「泥」を塗ってもらうと「厄除け」になると伝わっています。
「幼児祭礼」で「赤ん坊」への「祝福」が終わると、「裸衆」に「御神酒(おみき)」が振る舞われ、「和良比はだか祭り」はいよいよ「メインイベント」へ、「騎馬戦」に続いて「壮絶」な「泥合戦」(泥投げ)を3回繰り広げるそうです。
「泥合戦」(泥投げ)の「合間」に、「和良比皇産霊神社」「境内」で「焚き火」を囲み、「裸衆」が「暖(だん)」をとり、さらに「酒」(御神酒)が入り、「神社」に「裸衆」の「熱気」があふれ、この後、「壮絶」な「最終戦」となり、「最終合戦」は、「酔い」も手伝い、激しい「泥」の「投げ合い」になるそうです。
「和良比はだか祭り」では、参加している「ふんどし姿」の「裸衆」が「泥まみれ」になるばかりでなく、「観衆」にも「泥」が飛んでくる「迫力」がある「まつり」で、最後は「神社総代」(神職)を胴上げして「和良比はだか祭り」は終わる(お開きとなる)そうです。
「和良比はだか祭り」「日程」は下記の通りとなっています。
開催日時 毎年2月25日 13時頃〜15時ごろ
時間 内容
11時00分〜 祭礼(神事・氏子のみ)
(見学不可)
13時00分〜 裸衆祭礼(お祓い)、幼児祭礼(子ども参り)、泥投げ・騎馬戦、総代胴上げ
(一般見学)
15時00分頃 終了
「和良比地区」の「産土」「和良比皇産霊神社」で開催される「神事」・「伝統行事」「和良比はだか祭り」。
この機会に「四街道市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「和良比はだか祭り」詳細
開催日時 2月25日(火) 13時〜
開催会場 和良比皇産霊神社 四街道市和良比692
問合わせ 四街道市産業振興課 043-421-6134
備考
「四街道市」は、その名の通り 四つの「街道」、「東」・「東金道」・「馬渡道」、「西」・「船橋道」、「南」・「千葉町道」、「北」・「成田山道」が交わる「場所」で、「人」、「物」、「情報」の「交流地」で、「JR四街道駅」から「南西」へ500mほど行った「四街道十字路」の「傍ら」に「駒形方面」の「道標石塔」が立っています。
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地域情報::成田 | 08:31 PM |