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「香取市合併10周年記念」「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」(香取市)
 本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「佐原の町並み」で4月24日(日)に開催されます「香取市合併10周年記念」「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」です。

 「香取市」は、2006年(平成18年)3月27日に「佐原市」・「山田町」・「香取郡」「小見川町」・「栗源町(クリモトマチ)」の「1市3町」が合併(新設合併)し、誕生した「市」です。
 「香取市」は、「千葉県」の「北東部」に位置し、「北部」は「茨城県」に接し、「首都」「東京」から70km圏、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)から15km圏に位置しています。
 「香取市」「北部」には、「水郷」の「風情」が漂う「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)が「東西」に流れ、その「流域」には「水田地帯」が広がり、「香取市」「南部」は「山林」と「畑」を「中心」とした「平坦地」で、「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「一角」を占めています。

 「香取市」には、「日本」の「原風景」を感じさせる「田園」・「里山」や、「水郷筑波国定公園」(2012年8月3日のブログ参照)に位置する「利根川」周辺の「自然景観」をはじめ、「東国三社」(2010年10月23日のブログ参照)のひとつである「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「舟運」で栄えた「佐原のまち」には「日本」で初めて「実測日本地図」「大日本沿海輿地全図」を作成した「佐原の偉人」「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)の「旧宅」(国指定史跡)(2012年2月24日のブログ参照)、江戸時代から昭和初期に建てられた「商家」や「土蔵」が、現在も、その「姿」を「今」に残し、「関東地方」で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている「佐原の町並み」など「見どころ」が多い「市」であり、「香取市」は「水」と「緑」に囲まれ、「自然」・「歴史」・「文化」に彩られた「まち」として知られ
ています。

 「香取市」は、本年(2016年・平成28年)に「合併10周年」を迎えています。

 「佐原の町並み」は、「香取市」「佐原」の「市街地」にある「歴史的」な「建造物」が残る「風情」のある「町並み」です。
 「佐原」は、江戸時代に「利根川東遷事業」により「舟運」が盛んになると、「小野川」(2012年9月7日のブログ参照)には、「物資」を「陸」に上げるための「だし」と呼ばれる「河岸施設」が多くが作られました。
 明治以降もしばらくは「繁栄」は続き、「自動車交通」が発達し始める昭和30年(1955年)頃までにかけて、「成田」から「鹿島」にかけての広範囲な「商圏」を持つ「まち」となっていました。
 上記のように「利根川水運」で栄えた「商家町」の「歴史的景観」を今に残す「佐原の町並み」が、「市街地」を「南北」に流れる「小野川」沿い、「市街地」を「東西」に走る「香取街道」、及び「下新町通り」などに見ることができます。
 「佐原の町並み」ですが、「佐原」が最も栄えていた江戸時代末期から昭和時代前期に建てられた「木造町家建築」、「蔵造り」の「店舗建築」、「洋風建築」などから構成されています。
 「佐原の人々」は、「江戸の文化」を取り入れ、更にそれを「独自の文化」に昇華していて、「江戸優り(エドマサリ)」といわれるほど栄えていたそうで、当時の「面影」・「歴史景観」を今に残し、またそれを活かした「まちづくり」に取り組んでいることが認められ、「佐原の町並み」は、平成8年(1996年)12月、「関東」で初めて「国」の「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)に選定されています。
 「佐原の重伝建」は「昔」からの「家業」を引き継いで今も営業を続けている「商家」が多いことから、「生きている町並み」としても評価されています。

 「重要伝統的建造物群保存地区」には、「佐原の偉人」「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)が過ごし、寛政5年(1793年)建築された「伊能忠敬旧宅」(国指定史跡)のほか、「千葉県」の「県指定有形文化財」も8軒(13棟)が「小野川」沿いや「香取街道」沿いに軒を連ねています。
 「重要伝統的建造物群保存地区」「千葉県指定有形文化財」ですが、大正3年(1914年)建築の「三菱館」(2012年1月27日のブログ参照)、「土蔵」が明治元年(1868年)「店舗」が明治28年(1895年)建築の「福新呉服店」(2012年4月29日のブログ参照)、「店舗」が安政2年(1855年)「土蔵」が明治25年(1892年)以降に建築の「中村屋商店」(2012年5月21日のブログ参照)、明治13年(1880年)建築の「正文堂書店」(2013年6月22日のブログ参照)、「店舗」が天保3年(1832年)「土蔵」が明治元年(1868年)建築の「いかだ焼き本舗正上」(2011年12月28日のブログ参照)、「店舗」が明治25年(1892年)「土蔵」が明治23年(1890年)建築の「小堀屋本店」(2012年8月31日の
ブログ参照)、明治25年(1892年)建築の「中村屋乾物店」、「店舗」が明治33年(1900年)「土蔵」が寛政10年(1798年)に建築の「旧油惣商店」が指定されています。

 「佐原の大祭」(2011年7月13日のブログ参照)ですが、江戸時代から約300年続いている「祭礼」で、毎年7月に行われる「八坂神社祇園祭」(2015年7月7日・2014年7月8日・2013年7月10日・2012年7月9日・2011年7月11日のブログ参照)と、10月に行われる「諏訪神社秋祭り」(2015年10月9日・2014年10月8日・2013年10月10日・2012年10月10日・2011年10月3日のブログ参照)を総称したもので、「佐原の大祭」は、2004年(平成16年)に、「国指定重要無形民俗文化財」に指定されています。
 「佐原の大祭夏祭り」では、「大人形」を乗せた「高さ」9mもある「山車」が、「小江戸」と称される「佐原の町並み」(国選定重要伝統的建造物群保存地区)を、「日本三大囃子」「佐原囃子」(2012年2月23日のブログ参照)の「音色」に合わせ、「小野川」の「東側一帯」(本宿地区)「佐原の町並み」を、10台の「山車」が曳き廻され、「勇壮」で「風情」たっぷりなその様子は、江戸時代の「情景」を彷彿させ、「佐原の365日」はこの日のためにあるといっても過言ではないといえるほど盛り上がりをみせます。

 「佐原の大祭」は、上記のように「年」に2回行われ、「夏」は「小野川」を挟んで「東側」の「本宿」・「八坂神社」、「秋」は「西側」の「新宿」・「諏訪神社」の「祭礼」として行われます。
 江戸時代、「見物の群衆、人の山をなし」といわれるほど「賑わい」を見せた「佐原の大祭」は、何といっても「華麗」な「山車」、「哀愁」を帯びた「佐原囃子」が「特徴」とされ、「古い町並み」の残る「小野川」沿いを行き交う「山車」の「姿」は、「見どころ」のひとつで、「佐原のまち」に「小江戸の賑わい」が戻る「祭礼」となっています。

 「佐原のまちなか」では、「祭」(佐原の大祭)が近づくと、どこからともなく「お囃子」が聞こえてきて、「佐原」「各町内」の「下座連」が「練習」を始めるそうです。
 そして「佐原の大祭」「期間中」、「下座連」は「山車」に乗り込み、曳き廻される「道々」に合わせ「曲」を演奏し、その「音色」が「江戸の風情」へと誘います。
 また「佐原の大祭」「自慢」の「山車」は、「総欅造り」の「本体」に、「関東彫り」の「重厚な彫刻」が飾り付けられ、「上部」には、江戸・明治期の「名人人形師」によって製作された「高さ」5mにも及ぶ「大人形」が乗っています。

 「香取市」では、「合併10周年」を記念して、「香取市」が誇る「佐原の山車行事」の「特別曳き廻し」が4月24日(日)に披露されます。
 「佐原の大祭」「佐原の山車行事」ですが、江戸時代から続く「伝統行事」で、「我が国」を代表する「山車祭り」として「国」の「重要無形民俗文化財」に指定されており、現在は、「ユネスコ無形文化遺産」に「登録提案中」となっています。
 今回の「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」では、「佐原の大祭夏祭り」の全10台と、「佐原の大祭秋祭り」の全14台の、「総勢」24台の「山車」が一堂に会して曳き廻されます。

 「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」の「日程」・「会場」は、下記の通りです。

 4月24日(日)

 1 佐原コミュニティセンター駐車場

 9時15分〜9時45分

 香取市合併10周年記念式典が開催される佐原文化会館の駐車場において、仲川岸区と下川岸区の山車2台が集合し、「手踊り」や「のの字廻し」などの演技を披露いたします。

 2 小野川周辺の歴史的町並みエリア

 12時15分〜19時30分

 夏・秋祭りの全24台の山車が香取街道において総番組を組み、小野川沿いをはじめ、町の中を巡行により曳き廻されます。
 夕方頃には小野川両岸に本宿・新宿の山車が並びます。

 「山車巡行スケジュール」は、下記の通りです。

 11時15分  山車整列完了 会場 香取街道

 12時15分  通し砂切 会場 香取街道

 12時25分頃 山車巡行開始 会場 佐原の歴史的町並みエリア他

 16時50分頃 山車整列完了 会場 小野川両岸

 18時00分  灯入れ  会場 小野川両岸

 18時15分〜 総踊り (〜18時25分) 会場 小野川両岸

 18時30分〜 代表砂切(新橋本区、下仲町区) 会場 忠敬橋付近(小野川沿い)

 19時30分頃 各町曳き別れ

 21時00分  山車曳き廻し終了

 「山車巡行コース」は、下記の通りです。

 忠敬橋〜山村会館右折〜ダイボシ右折〜伊藤農機店右折〜小野川岸下る(本宿側)〜忠敬橋前左折〜
 〜八木清商店前右折〜大川みどり漬け右折〜東屋佃煮店左折〜山田うなぎ店又はほていや右折〜小野川両岸定位置へ

 「巡行コース図・新宿・本宿、各巡行コース」「詳細」は、「香取市」「HP」「(香取市合併10周年)香取市合併10周年記念山車特別曳き廻し」を参照下さい。

 「香取市」「佐原」では、「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」に伴い、「車両の交通規制」(9時〜21時)が行われるため、「区域内」(車両通行自粛区間を含む)への「車両」の「乗り入れ」はご遠慮いただくとともに、「車両通行止め区間」の「車両」の「乗り入れ」は一切できないそうです。
 また、「山車」が通過する「区域」については、「路上駐車」により「山車の通行」ができなくなる場合がありますので、「駐車禁止」の「ご協力」を呼びかけています。
 「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」「当日」の「駐車場」ですが、「利根川河川敷駐車場」の利用を呼びかけています。
 なお、「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」「当日」は、「利根川河川敷駐車場」から「JR佐原駅」(2015年9月20日のブログ参照)「北口」までは、「無料シャトルバス」(11時〜21時)を運行するそうです。

 「歴史的町並み」の残る「佐原の町並み」で開催される「記念特別行事」「香取市合併10周年記念」「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」。
 この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「香取市合併10周年記念」「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」詳細

 開催日時 4月24日(日) 11時15分〜

 開催会場 佐原の町並み 香取市佐原

 問合わせ 香取市総務課 0478-50-1201

 備考
 「香取市」では、「合併10周年」を記念して、「香取市合併10周年記念切手」を販売開始するそうです。
 「香取市合併10周年記念切手」の「販売開始日」は4月22日(金)、「販売部数」700シート、「販売郵便局」は「香取市内」の「販売郵便局」および「近隣市町」の「郵便局」(全68局)、「料金」は1シート1230円(82円切手×10枚)となっています。
 また「香取市合併10周年記念」「佐原の山車行事」「特別曳き廻し」に合わせて、「香取市」では、「切手販売」の「臨時窓口」を4月24日(日)10時00分〜「佐原上仲町郵便局」前にて、開設するそうです。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2932 |
| 地域情報::香取 | 12:32 PM |
「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」(山武市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「山武市」「守屋酒造」で4月23日(土)・24日(日)に開催されます「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」です。

 「山武市」は、「千葉県」の「東部」に位置し、「千葉県」の「県庁所在地」「千葉市」や「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)まで約10km〜30km、「東京都心」へも約50km〜70kmに位置しています。
 「山武市」は、「日本有数」の「砂浜海岸」である「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)の「ほぼ中央」に位置し、約8kmにわたって「太平洋」に面し、「山武市」の「総面積」ですが、146.38平方kmとなっています。
 「山武市」は、2006年(平成18年)3月27日に、「山武郡」「成東町」、「山武郡」「山武町」、「山武郡」「蓮沼村」、「山武郡」「松尾町」の「4町村」が合併し、誕生しました。
 合併以前は、「山武郡」・「山武町」とも「読み」は、「サンブ」でありましたが、現在の「山武市」の「読み」は「サンム」です。
 「山武中央合併協議会」によりますと、「サンム」の方が古い「歴史的」な「読み方」であり、1975年(昭和50年)あたりから、いつの間にか「サンブ」に変わってしまったので、重い「歴史」を持った「サンム」の方が、新しい「市」に相応(フサワ)しいためであるという「由来」があるそうです。
 現在の「山武市」の「人口」ですが、53866人(男26961人、女26905人)、「世帯数」22087世帯となっています。
 (2016年4月1日現在)

 「山武市」の「地勢」ですが、大別して「九十九里海岸地帯」と、その「後背地」としての「沖積平野」及び「標高」40m〜50mの「低位台地」からなる「丘陵地帯」で構成されており、これらは「海岸線」に、ほぼ「並行」に「帯状」に展開しています。
 「山武市」の「海岸地帯」ですが、「砂浜」と「松林」が連なり、「成東海岸」と「蓮沼海岸」の「遠浅」の「海」が広がり、多くの「海水浴客」が訪れています。
 「山武市」の「平野部」ですが、「山武地域」「中央部」に広がる肥沃(ヒヨク)な「土壌」を持つ「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)となっており、「田園地帯」が形成されています。
 「山武市」の「丘陵地帯」ですが、「大部分」が「成田層」と呼ばれる「地質」で、「表層」が「関東ローム層」、「下層」が「砂」及び「粘土互層」で構成されており、「上総層群」の「堆積盆地」に位置しています。

 「山武市」は、「稲作」はもちろん「野菜」や「果物」の「生産」も盛んで、「山武杉」(2011年11月25日のブログ参照)などの「林産物」、「九十九里浜」の「海の幸」と、「自然の恵み」が、豊かな「地域」であるとともに、「観光リゾート地」として「海水浴」や「サーフィン」、「テニス」などの「スポーツ」も楽しめ、「若者」にも「魅力」ある「地域資源」を有しています。
 近年では、「山武市」の「立地条件」の「良さ」から、「工業施設」の「集積」が高まりつつ、また「自然環境」の「良さ」からも、この「地域」を訪れ、移り住む「人々」も数多くいるそうです。
 さらに「山武市」は、「交通アクセス」の「利便性」も向上しており、今後更なる「交流」と「物流」と「観光」の「拠点」として発展することが期待されています。

 「山武市」の「成東地区」ですが、「関東」でも「屈指」の「一大いちご狩りエリア」として知られており、中でも「JR成東駅」周辺の「国道126号線」、「県道76号線」、「県道121号線」沿い「一帯」に「数多く」の「いちご園」が軒(ノキ)を連ねており、その「いちご狩りスポット」が「多数」点在した「通り」の「名称」を「ストロベリーロード」(2012年1月8日のブログ参照)と呼んでいるそうです。
 「ストロベリーロード」には、20軒の「いちご園」「山武市成東観光苺組合」(0475-82-2071)は、「食の安全性」にも、いち早く取り組み、「エコファーマー」「認定」を早くから取得されています。
 また「ストロベリーロード」の「いちご園」では、「複数」の「いちご」の「品種」を「食べ比べ」が出来たり、「ポピー狩り」が出来る「いちご園」があったり、「多様」な「農園」が「個性」を活かし、「いちご狩り人気スポット」として努力されています。
 「山武市」の「いちご園」の主な「栽培品種」は、下記の通りです。

 ふさの香
 とちおとめ
 さちのか
 紅ほっぺ
 章姫
 やよいひめ
 桜香(オウカ)

 他にも「希少品種」も含め、「色々」あります。

 「守屋酒造」(2011年4月16日のブログ参照)は、「山武市」にある「日本酒」、「純米焼酎」を製造する「酒蔵」で、「屋号」は「守屋酒造株式会社」、「守屋酒造」の「キャッチコピー」が「千葉発日本一の夢」となっています。
 「九十九里」のほぼ中央に位置する「守屋酒造」は、明治26年(1893年)に創業し、120年余りの「歴史」を重ねる「酒蔵」です。

 「守屋酒造」の「創業」・「歴史」ですが、明治年間に「山梨県」より「現住所」に移り住むことより始まり、「守屋酒造」の「創業」・「歴史」は、下記の通りとなっています。

 1893年(明治26年) 10月1日創業。
          初代守屋 氏により清酒の製造を始める。

 1916年(大正5年) 純米焼酎「守正」を製造開始。

 1941年(昭和16年) 本蔵を建て替え。(現在も使用中)

 1843年(昭和18年) 創業50周年

 1953年(昭和28年) 改組。
          個人商店守屋酒造より、守屋酒造株式会社となり、現在に至る。

 1955年(昭和30年) 清涼飲料水「浪速ジュース(ナニワジュース)」を製造開始。
          1970年(昭和45年)まで製造。

 1986年(昭和61年) 千葉県米では、初めての純米大吟醸を醸造。
          ラベルも茂原市在住の「矢部浩」画伯に依頼。
          「純米大吟醸 しだれ桜」としてデパートで販売、大好評。

 1987年(昭和62年) 100坪冷蔵庫を擁する新蔵完成。

 1990年(平成2年)  級別の廃止に伴い、「千葉の地酒 舞桜」発売。
          旧銘柄「浪速盛」は、上撰、佳撰として継続的に販売。

 1991年(平成3年)  創業100周年プロジェクト「地酒舞桜 百年の雫」を販売開始。

 1992年(平成4年)  地酒舞桜酒蔵コンサート開催。

 1993年(平成5年)  創業100周年。

 1998年(平成10年) インターネットによるホームページを開設。

 2000年(平成12年) 地酒舞桜 純米酒の原料米を100%千葉県産米に移行。

 2001年(平成13年) 五代目蔵主 守屋雅博 氏 代表に就任。

 2007年(平成19年) すべての清酒製造原料米を「県内初」の100%千葉県産米に変更。

 2008年(平成20年) 地元成東産苺を使ったリキュール「舞桜 いちごのお酒」を発売。

 2008年(平成20年) 地元産山武杉を使用した樽のお酒「舞桜 樽酒」を発売。

 2009年(平成21年) 千葉県産低グルテリン米「ゆめかなえ」を使用した製造。

 「守屋酒造」の「ポリシー」ですが、

 「地酒は、地の米、地の水、地の気候風土が醸し、地の人情が育てる酒」

 だそうで、「守屋酒造」は「純米酒」に力を入れており、「千葉県産米100%」の「清酒作り」を行う「唯一」の「酒蔵」です。
 「守屋酒造」では、熟成して出す「辛口純米酒(純米原酒)舞桜」が、「酒蔵来店者」に最も「人気」があるそうです。

 「守屋酒造」の「代表銘柄」(ブランド)ですが、下記の通りです。
 (2007年4月現在)

 千葉の地酒「舞桜」

 純米大吟醸「舞桜」720ml

 辛口純米「舞桜」720ml

 こだわり純米「舞桜」720ml

 千葉の地酒「純米大吟醸 しだれ桜」1800ml

 上撰辛口 浪速盛(ナニワサカリ)1800ml

 純米焼酎 九十九里浜ものがたり25度720ml

 「守屋酒造」は、上記のように「地酒は、地の米、地の水、地の気候風土を醸し、地の人情が育てる酒」という「考え」から、「千葉県内」でも数少ない「100%千葉県産米」を使った「地米」による「酒の製造」を積極的に行っています。
 「辛口純米」「舞桜」は、3年熟成することにより得た、「旨味」の凝縮した「通好み」の「味」が「人気」で、その他、「山武市」「特産」の「イチゴ」を使った「リキュール」や、「季節限定」の「どぶろく」など、「豊富」な「ラインナップ」が揃っています。

 「守屋酒造」「酒蔵」ですが、1941年(昭和16年)に建設され、「白壁」を利用した「木造造り」で、「酒蔵コンサート」が「今」も開催されている古い「酒蔵」で、「酒蔵コンサート」「ステージ」「横」には、現在も使用している「タンク」があるそうです。
 「タンク」の「後方」には、「染め抜き」の大きな「地酒」の「文字」があり、「守屋酒造」「酒蔵」の「広さ」ですが、12間×4間の約50坪となっており、「守屋酒造株式会社」には、その他、昭和後期「建設」の「蔵」もあるそうです。

 「守屋酒造」の「酒蔵コンサート」の「趣旨」ですが、「地方都市」から「文化」を考え、発信する「むらおこし」に加え、

 「観光とは、その土地土地に訪れ、各地の光を観て歩く事」

 との「考え」から「千葉県」「九十九里」と、そこにある「酒蔵」の「輝き」を味わってもらおうと言う「趣旨」から開催しているそうです。

 「地酒舞桜酒蔵コンサート」ですが、「第1回」の1992年(昭和57年)から数えて、今年(2016年)で「第24回」を数える「酒蔵コンサートイベント」となっています。
 「地酒舞桜酒蔵コンサート」は、「酒蔵イベント」としての「歴史」は古く、今で言う「地域資源」の「有効活用」として、毎年多くの「方」にお越しいただいている「コンサートイベント」です。
 「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」ですが、4月23日(土)・24日(日)の2日間開催され、本年(2016年)は下記の「皆さん」をお招きしての「地酒舞桜酒蔵コンサート」となるそうです。
 なお、今年(2016年)は「守屋酒造」の「電話番号」にちなんだ「ハロー2016」が「合言葉」となっているそうです。

 4月23日(土)

 11時00分〜 はっぴぃ☆ぼいす

 11時30分〜 上田亜紀

 14時00分〜 EL CAMINO 第1回

 14時45分〜 ブロードウェイ

 15時30分〜 EL CAMINO 第2回

 4月24日(日)

 10時00分〜 和太鼓 初茜

 10時30分〜 よさこいRYUKI'04

 11時00分〜 ヨーデル渡辺 第1回

 11時30分〜 九十九里の歌姫 安藤多恵 第1回

 12時30分〜 和太鼓 TAKA with SARA

 13時20分〜 ヨーデル渡辺 第2回

 14時00分〜 九十九里の歌姫 安藤多恵 第2回

 「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」では、4月23日(土)・24日(日)の両日開催で、「酒粕詰め放題」、「抽選会」も行われるそうです。
 「酒粕詰め放題」ですが、「人気」の「守屋酒造」「新酒粕」の詰め放題で、「抽選会」ですが、100円「お買い上げ」で「一回」抽選、ハズレなしの「抽選会」となっています。
 また「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」では、「蔵カフェ」、「杉玉製作」が行われるそうです。
 「杉玉製作」は、4月23日(土)の「お楽しみ」で、「酒蔵シンボル」の「杉玉製作実演」となっています。
 「蔵カフェ」は、4月24日(日)10時00分〜15時00分が開催され、その他「道の駅オライはすぬま」(2010年8月23日のブログ参照)、「麦匠」、「さんさん味工房」、「セーナーニレストラン」、「緑屋」、「みのり農場」、「かぞく亭」、「fu-fu-cafe」、「うどんのさくへい」等出店多数で、おいしい「お店」が出店され、「イベント」がいっぱいだそうです。
 また「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」には、「千葉県マスコットキャラクター」「チーバ君」も駆けつけるそうです。

 「九十九里」の「老舗酒蔵」「守屋酒造」で開催される「コンサートイベント」「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」。
 この機会に「山武市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第24回地酒舞桜酒蔵コンサート」詳細

 開催日時 4月23日(土)11時〜
      4月24日(日)10時〜

 開催会場 地酒舞桜守屋酒造 山武市蓮沼ハの2929

 問合わせ 地酒舞桜守屋酒造 0475-86-2016

 備考
 「守屋酒造」では、「父の日」や、「敬老の日」といった「記念日」の「贈答用」に「最適」な「オリジナルラベル」を「無料」でつくれる「サービス」も「人気」だそうです。
 また、「守屋酒造」「酒蔵直売所」では、「創業100周年」を機に「ボトリング」を開始した「舞桜 百年の雫」(度数20度の生原酒)も「人気」となっています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2931 |
| 地域情報::九十九里 | 12:32 PM |
「九十九里町海開き式〜99 HAPPYBEACH〜」(九十九里町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「九十九里町」「片貝中央海岸」で4月29日(祝・金)に開催されます「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」です。

 「九十九里町」は、「山武郡」に属する「まち」であり、「旧・山辺郡」に属していた「まち」で、「名前」の通り「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面しており、「いわし」(2012年5月17日のブログ参照)の「名産地」として知られています。
 「九十九里町」ですが、「千葉県」の「南東部」の「太平洋岸」に位置し、「九十九里浜」で「有名」です。
 「九十九里町」の隣接する「自治体」ですが、「東金市」、「山武市」、「大網白里市」となっています。

 「九十九里町」の「産業」ですが、「漁業」、「水産加工業」、「観光業」、「ガス事業」となっています。
 「九十九里町」の「漁業」ですが、主(オモ)に「イワシまき網漁業」、「小型船」による「ハマグリ漁」、「観光遊漁船」(釣り船)の3種となっており、「九十九里町」の「漁業」は「片貝漁港」を「中心」に営まれています。
 「片貝漁港」は、「山武郡」にある「第4種漁港」で、「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)の「中央部」を流れる「作田川」「河口」に位置し、「海岸」近くを走る「千葉県道30号線」「飯岡一宮線」沿いに「市街地」が形成されている「九十九里町」にあります。
 「片貝漁港」は、「避難港」でもあるため、「利用漁船」が「安全円滑」に「出入港」できる「航路」の「確保」が「課題」となっており、また円滑な「輸送機能」を確保するため「幹線道路」との「スムーズ」な「アクセス」を図る「道路」も「課題」となっているそうです。

 「九十九里町」の「水産加工業」ですが、主(オモ)に「カタクチイワシ」を「原料」とした「水産加工業」が行われています。
 「九十九里町」「水産加工業」の「生産品目」ですが、「みりん干し」、「目刺し」、「丸干し」、「煮干」、「ごま漬け」、「野菜漬け」となっています。
 なお、「九十九里町」の「地元」で採れる「岩ガキ」(2012年5月28日のブログ参照)は、「大ぶり」で「味」が「クリーミー」だそうです。

 「九十九里町」の「観光業」ですが、「海水浴」、「サーフィン」、「海釣り」などがあります。
 1970年代頃まで「九十九里」における「観光」といえば、「夏季」の「海水浴」が「中心」で、「浜沿い」には「季節民宿」が営まれていました。
 しかし、「自動車」の「普及」と「交通網」の「整備」により、「九十九里」は「首都圏」からの「日帰り圏」となってしまい、現在ではほとんど見られなくなったそうです。
 「九十九里町」の「サーフィン」ですが、「四季」を通じて「質」の良い「波」を求めて、たくさんの「サーフィン」がやってくる「人気サーフスポット」となっています。
 「九十九里町」の「ガス事業」ですが、「九十九里平野」の中にあるため、「天然ガス」が噴出しており、「九十九里町」の「町内」の「ガス供給」は「まち」が行っています。

 「片貝中央海岸」は、「九十九里町」の4つの「海水浴場」(「片貝」、「不動堂」、「真亀」、「作田」)のひとつで、「子ども」から「お年寄り」まで「安心」して遊べるよう、「自然環境」が整備されています。
 「片貝中央海岸」では、4月下旬には、「本州一」早い「海開き」が開かれています。
 「片貝中央海岸」は、「九十九里町」で「元日」に行われる「元旦祈願祭」(2013年12月27日のブログ参照)の「会場」としても知られている「海水浴場」です。

 「九十九里町」では、「九十九里町」「小関」に、「九十九里」の「魅力発信基地」「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」(2015年4月20日のブログ参照)を2015年(平成27年)4月24日(金)からオープンしました。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」ですが、「九十九里町」の「地元産」の「新鮮」な「魚介類」や「野菜」などを直売する「施設」(海の駅)で、「フードコート」も備えているそうで、「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」は、「九十九里町」が「施設」を造り、「九十九里町商工会」が運営するそうです。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」の「車」での「アクセス」ですが、「東金九十九里有料道路」「九十九里IC(インターチェンジ)」「下車」、「県道30号線」を「銚子方面」に向かって9分(5.7km)となっています。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」ですが、「直売コーナー」、「食体験コーナー」、「いわし資料館」があり、「直売コーナー」では、「地元」の「魚介類」や「農産物」などの「特産品」の「販売」、「食体験コーナー」では、「地元」の「食材」を使った「お食事」、「いわし資料館」では、「いわし」の「文化」が学べるそうです。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」では、「特産」の「イワシ」をPRしようと、3000匹が回遊する「大水槽」も設置、2004年(平成16年)の「天然ガス爆発事故」の「影響」で「休館」していた「いわし博物館」の「展示資料」を活用した「いわし資料館」では、「イワシ漁」で栄えた「九十九里町」の「歴史」や、「文化」も紹介する「展示」も「復活」するそうです。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」は、「太平洋」に面した「片貝漁港」に隣接する約6360平方mの「敷地」にでき、「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」は「鉄骨2階建て」で、「延床面積」は約1060平方m、「1階」には「地元」の「農林水産物」など72店が出品する「直売所」のほか、上記のように約3千匹の「マイワシ」が泳ぐ「巨大水槽」などを備えた「いわし資料館」を開設(併設)、2階には「海」を見ながら「地元食材」(海鮮丼等)を味わえる「フードコート」があり、「デッキ」から「海」と、「港」(片貝漁港)が一望できるそうです。
 なお「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」の「建設費」ですが、3億4200万円となっており,「駐車場」ですが、「臨時」も含め約100台分となっています。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」の「営業時間」ですが、9時00分から18時00分までとなっており、「年中無休」で営業されるそうです。
 「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」の「施設概要」は、下記の通りです。

 名  称 海の駅九十九里

 住  所 山武郡九十九里町小関2347-93

 問合わせ 0475-76-1734

 構造階数 鉄骨造・2階建

 敷地面積 6359平方m

 延床面積 1057平方m

 「九十九里町」では、「海の駅九十九里(SEASIDE PLAZA)」の近く「片貝中央海岸」を「会場」に4月29日(祝・金)、「本州」で最も早い「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」も開催されます。
 「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」ですが、4月29日(祝・金)9時30分から開催され、今年(2016年・平成28年)1年の「海の安全」を祈願する「式典」や、「子供」から「大人」まで楽しめる「イベント」を多数企画しているそうです。
 また「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」では、「宝探しイベント」も開催されるそうです。
 「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」の「スケジュール」は、下記の通りです。

 9時30分〜  式典

 10時20分〜  心肺蘇生法デモンストレーション

 10時30分〜  マーチング

 10時45分〜  郷土芸能

 11時05分〜  和太鼓

 11時30分〜  宝探し

 「九十九里浜」の「中央」「片貝中央海岸」で開催される「本州一」早い「海開き」の「式典」等が行われ、「海」の「観光シーズン」の幕開けを告げる「イベント」「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」。
 この機会に「九十九里町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「九十九里町海開き式〜99 HAPPY BEACH〜」詳細

 開催日時 4月29日(祝・金) 9時半〜

 開催会場 片貝中央海岸 山武郡九十九里町片貝

 問合わせ 九十九里町観光協会 0475-76-9449

 備考
 「九十九里町海開き式」ですが、「雨天」の場合は、「九十九里ふるさと自然公園センター」内にて「式典」のみ実施するそうです。

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| 地域情報::九十九里 | 06:00 PM |
「神崎河川敷祭」(神崎町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「神崎町」「利根川河川敷」で4月29日(祝・金)に開催されます「神崎河川敷祭」です。

 「神崎町」は、「香取郡」に属する「まち」で、「首都」「東京」の「東」約60km、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)から「北北東」に14km、「千葉県」の「北端中央部」に位置し、「北」は「坂東太郎」「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)に面し、「南」は「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)のなだらかな「丘陵地帯」が広がっており、「神崎町」の「まち」のほぼ「中央部」を「JR成田線」が通っています。
 「神崎町」に「隣接」している「自治体」ですが、「東」は「香取市」、「西」と「南」は「成田市」に接するとともに、「北」は「利根川」を挟んで「茨城県」「稲敷市」と接しています。
 「神崎町」の「面積」ですが、19.85平方km、「町」の「東西」は5.7km、「南北」6.2km、「地勢」ですが、概(オオム)ね平坦で、「南東部」は「丘陵」の「起伏」が多く、「畑」や「山林」が大半を占め、「北部」は「利根川」沿いに肥沃(ヒヨク)な「沖積低地」が開けている「自然」と「緑」が豊かな「まち」です。

 「神崎町」の「行政区域」としての「位置づけ」ですが、明治4年(1871年)「新治県」に始まり、明治8年(1875年)以降は「千葉県」に属し、明治22年(1889年)4月「町村制施行」とともに「武田」、「新」、「毛成」、「吉原」、「植房」、「立野」、「大貫」、「郡」の8ヶ村が「米沢村」として、また「神崎本宿」、「神崎神宿」、「松崎」、「小松」、「並木」、「今」、「高谷」の7ヶ村が「神崎村」として合併、翌明治23年(1890年)3月に「町村」が施行、「神崎町」となりました。
 その後昭和30年(1955年)4月「神崎町」・「米沢村」が合併して「新生・神崎町」が誕生、さらに昭和41年(1966年)1月、「向野地区」が「茨城県」「東村」・「河内村」から「千葉県」に割譲され、「神崎町」に編入、現在に至っています。
 昭和47年(1972年)には、「神崎町」では「工業団地」の「操業」も始まり、また近年は「自然」との「調和」を図りながら「大規模」な「宅地造成」や「道路整備」も進み、「緑」ある「自然環境」と恵まれた「歴史風土」の上に、「調和」のとれた「自然とふれあいのまち」を形成しているそうです。
 「神崎町」の「人口」ですが、6291人、「世帯数」2400世帯(2016年4月1日現在)となっており、「神崎町」は、「千葉県」で一番「行政規模」の小さい「まち」となっています。

 「神崎町」は、古くから「北総」の「穀倉地帯」として「農産物」に恵まれ、「地下水」も「豊富」であったため、江戸時代初期より「酒」や「醤油」などの「醸造業」が発展し、明治の時代には7軒の「酒蔵」と3軒の「醤油蔵」があり、「関東一円」に向け、「利根川水運」で「商品」が運ばれ、「神崎町」では、「醸造業」が盛んに営まれていました。
 現在でも「神崎町」では、「仁勇・不動」の「醸造元」「鍋店株式会社」(2011年3月10日のブログ参照)、「五人娘・香取」の「醸造元」「寺田本家株式会社」(2011年4月10日のブログ参照)といった江戸時代から続く2軒の「老舗酒蔵」が醸造し続け、魅力ある「銘酒」を醸(カモ)しており、「醤油」とともに昔ながらの「風味」を今に伝えています。

 「神崎町」の「基幹産業」は、上記のように「農業」や「醸造業」ですが、近年は隣接する「成田国際空港」、「国道356号バイパス」や「圏央道」(首都圏中央連絡自動車道)「神崎IC(コウザキインターチェンジ)」(2014年5月20日のブログ参照)等を「基軸」として、「長期的展望」に立った「都市基盤」の「整備」を進めてきました。
 また「神崎町」では、「こうざき天の川公園」(2012年11月18日のブログ参照)、「こうざきふれあい自然遊歩道」、「神崎大橋」と「側道橋」「神東ふれあい橋」等を活用し、「まち」の「広域拠点性」をさらに強め、「神崎町民」が主役の「まちづくり」を「目標」に、上記のように「自然」と調和のとれた「自然と人とふれあいのまちづくり」を進めてきたそうです。
 「神崎町」では、太古から続く「歴史」、澄んだ「空気」や、輝く「緑」、清らかで美味しい「水」、「自然」の「恵み」に満ちあふれた「大地」に、息づく「人々」が「発酵」を繰り返しながら、新たな「魅力」を生み出しており、「神崎町」は、近年「発酵の里こうざき」として「周辺自治体」に親しまれています。
 現在「神崎町」は、「緑」豊かな「農村環境」でありながら、上記のように「圏央道」「神崎IC」や「国道356号バイパス」などの「整備」により「首都圏」への「アクセス」が「容易」となっているため、「道の駅」「建設計画」などを推進して「地域振興」に取り組まれています。

 「大日山神崎寺」(2011年10月8日のブログ参照)は、「通称」「神崎大師」とも呼ばれ、「関東」では数少ない「真言宗醍醐派」の「寺院」です。
 「京都」の「総本山」「醍醐寺」を「本山」として、「真言宗」の中でも「祈祷」と、「修行」を旨として、「当山派修験道」の「流れ」を伝えるのが「醍醐派」だそうです。
 「神崎大師」こと「大日山神崎寺」は「不動明王」を「御本尊」として「修行」を怠ることなく、また、「人」との「距離」は常に近く、「人」の「祈り」の為に「祈祷」の「護摩」を焚き、「先祖供養」、「水子供養」や、「葬儀」の「滅罪修法」を行い、「お寺」が行うべきことすべてを行う「寺院」です。

 「悩み」に対して、「人生」の「相談」、「人間関係」の「相談」、「男女」の「相性」、「吉凶」の「判断」、「運勢判断」、「家相」、「墓相」、「方位」、「引っ越し」、「開運方法」、「仏道修行」などの「ご相談」を受けているそうです。

 「大日山神崎寺」の「歴史」ですが、下記の通りとなっています。

 江戸時代の書物の記録によると当山「大日山」は神崎三山に数えられておりました。
 鎮守神神の山「神崎の杜」、愛宕権現の山「愛宕山」、そして大日如来の山「大日山」が神崎三山とされ、神崎は古来より神仏を大切にしてきた土地であったことがうかがいしれます。
 その中でも「大日山」は江戸時代末期まで天台宗の淨刹として、利根川を見下ろす一山を法界として「御山東照院」と称し、人々の信仰を集めておりました。

 しかしながら、明治時代の神仏分離令及び修験道廃止令に端を発する廃仏毀釈を機に多くの霊山が衰退したように、当山も閉山に追い込まれ、堂宇、仏像並びに書物は消滅してしまいました。
 いくつかの石仏・石塔は地中に埋められて難を逃れ、現世に伝わっておりますが、ほぼ全ての記録が途絶えることとなりました。
 以後は、山頂の草庵にて近隣市町村の長老たちにより「大師信仰」が伝えられ、「お大師さま」として親しまれ、御山念仏大師講として縁日の勤行が行われ、法燈がわずれに護持される時代が約100年続きました。

 現在当時を偲ぶものは、弘法大師像、山頂山麓に点在する「寛政、安政」の文字が刻まれている石仏や修験者の石碑が数十体置かれているのみでありますが、現在でも神崎寺が「御山」あるいは「お大師様」と呼ばれているのは、当時の呼び名が受け継がれているものであります。

 昭和26年、機縁を得て真言宗の僧秀宝大僧正が当地に留錫し、真言宗醍醐派の教風、殊に修験道(山伏)の宝輪を転じ、伝法の中興になりました。

 同年8月大利根河原にて火生三昧火渡り修行を権修。
 山頂の小さな草庵において護摩を焚き、次第に多くの人々の信仰の中心となっていきました。
 秀宝大僧正の遷化後、その遺志を継いだ善哉大僧正が昭和53年、山内の造成整備を開始し、同年55年大本堂落慶、昭和63年恵印堂(通称六角堂)を建立し、伽藍の再建をいたしました。

 恵印堂は在家の人々の密教修行の道場を目的とした場であり、堂内には十一体の仏像が奉安されています。
 なかでも中尊「不二大日如来(四臂)」は仏像として彫刻されるのは初めてのことで、謹刻発願の仏師は、42日間堂内に篭る「堂彫り」という作法でこれに臨みました。
 この快挙は、当時「150年ぶりの成功」にとりあげられ、TVや新聞・雑誌等において「究極の仏像」として紹介されました。

 また、恵印堂落慶の砌には当山派修験道に伝わる最勝恵印三昧耶法要が日本各地より参集した醍醐派の修験僧により執行され盛大な落慶法要となりました。
 京都以外の地で恵印曼荼羅諸尊を奉安し、真言宗醍醐派総本山醍醐寺伝統の修験法要が修法されたのははじめてのことでした。

 「神崎町」では、「利根川河川敷」を「会場」として「神崎河川敷祭」が4月29日(祝・金)に開催されます。
 「神崎河川敷祭」では、「神崎寺」「伝統」の「火渡り修行」のほか、「プレジャーボート」の「体験乗船」などが楽しめるそうです。
 「神崎河川敷祭」の「日程」は、下記の通りです。

 「神崎河川敷祭」

 4月29日(祝・金)

 タイムスケジュール・内容

 10時00分〜 プレジャーボート体験乗船、サッパ舟利根川遊覧、屋台

 10時30分〜 町内練り歩き(JR下総神崎駅〜河川敷)

 13時00分〜 火渡り修行

 「火渡り修行」は、「深山」にこもり修行する「修験者」(山伏)が「山中」にこもり渇望に耐え「修行」をするなかで、野外において「柴」を積み、「護摩」の「秘法」を修し、「火炎」の中におられる「不動明王」と一体となる「境涯」を得るために「火」の中に「身」を投ずる「修行」を行ったことを「起源」としています。

 「火渡り修行」の「当日」、「修験者」および「梵天衆」は「神崎大師」「不動明王」の「ご宝前」において「受戒の儀式」を受けたのち、「JR下総神崎駅」において「出立式」を執り行い「町内」の「練行」に出立します。

 「町内」の「練行」では「修験者」及び「梵天衆」の大きな「かけ声」、「太鼓」の「響き」、そして「法螺貝」を立てながら「道中」を清め祓って進んでいきます。

 「当山」「鎮守」の「神崎神社」において「法楽」をあげたのち「河岸通り」に330年の「伝統」を持つ「酒蔵」「寺田本家」の「邸内」において「鎮守」「法楽」の「柴燈護摩」を勤修します。
 そして、「護摩の炎」で加持した「もち米」を「業者」の「円陣」の中でつきあげます。

 そして、いよいよ「利根川河川敷」に設けられた「道場」の巨大な「護摩壇」に至る。
 「神仏」が降臨する「場所」を整えるための「作法」を行い、積み上げられた「薪」に「火」を移し、「護摩の秘法」を修するとともに、「修験者」、そして「信徒」が共に一心に祈願をします。

 「天」に昇る「龍」のような「柴燈護摩」の「炎」に「行者」も「信徒」も一心に祈願、日頃から精進している「読経」を試みます。

 そして、祈念によって「浄火」となった「炎」の上を「山伏たち」が素足で渡ります。
 この「浄火」が、一切の「魔障」、「災難」を焼き尽くして、「所願円満」を御祈念する「一大祈願会」だそうです。
 「火渡り」は、「ご参詣」の「皆様」にもご参加いただけ、「浄火」を渡り、「御本尊」「不動明王」と一体となり、「お不動さま」の「功徳」を受けて、「厄除災難」、「家内安全」、「身上安全」などの「所願円満」の「ご利益」がいただけるよう、「素足」になって渡るそうです。
 「火渡り」をされた方には、「火生三昧(ヒワタリ)之證(ノショウ)」を授けるそうです。

 全ての「祈願」そして「火渡り修行」が終わると、「お不動さま」にお供えしたたくさんの「御供物」を全部まき、たくさんの「御餅」、「お酒」、「農産物」や「お菓子」など、「縁起もの」がまかれるそうです。

 「利根川河川敷」で開催される「神崎寺」「伝統」の「火渡り修行」等が行われる「催し」「神崎河川敷祭」。
 この機会に「神崎町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「神崎河川敷祭」詳細

 開催日時 4月29日(祝・金) 10時〜 (火渡り修行は13時〜)

 開催会場 利根川河川敷 香取郡神崎町神崎本宿地先

 問合わせ 神崎町まちづくり課 0478-72-2114
      神崎寺 0478-72-3999

 備考
 「神崎河川敷祭」にお越しの際の「駐車場」ですが、「神崎町役場」または「神崎ふれあいプラザ」の「駐車場」の利用を呼びかけています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2951 |
| 地域情報::香取 | 10:16 AM |
「第11回まがり家フェスタ」(酒々井町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「酒々井町」「(株)飯沼本家」「敷地内」で4月29日(祝・金)〜5月8日(日)の期間開催されます「第11回まがり家フェスタ」です。

 「酒々井町」は、「千葉県」の「北部中央」に位置し、「印旛郡」に属する「まち」です。
 ちなみに「印旛郡」ですが、2010年(平成22年)に「印旛郡」に属していた「印旛村」・「本埜村」の「印西市」編入により、現在は「栄町」と、「酒々井町」のみとなっています。
 「酒々井町」は、上記のように「千葉県」の「北部」の「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)に位置し、「東京都心」から50kmの「圏内」にあって、「北西部」には「印旛沼」(2011年2月23日のブログ参照)、「東南部」には「北総台地」(下総台地)を配し、「緑」豊かな「自然環境」と、「温暖」な「気候」に恵まれています。
 「酒々井町」の「町名」ですが、「親孝行息子」の「井戸」から「酒」が湧いたという「酒の井戸」の「伝説」「酒の井伝説」に由来するそうです。

 「酒々井町」は、昭和40年代から「住宅団地」が造成されており、「JR酒々井駅」・「京成酒々井駅」周辺には「酒々井町中央団地」(造成主体・酒々井町)や、「東しすい住宅団地」(造成主体・東急建設、昭苑都市開発)などが広がっており、近年「JR成田線」の「快速電車」が「JR酒々井駅」に停車し、「京成電鉄」も「京成酒々井駅」、「京成宗吾霊堂駅」があり、「道路」も「国道51号線」が「町南部地域」を通過しており、2013年(平成25年)4月10日から「酒々井IC(シスイインターチェンジ)」(2013年4月12日のブログ参照)も開通、供用開始されています。
 「酒々井IC」付近には、「酒々井町」の「見どころ」、「遊びどころ」が点在しており、「しすいハーブガーデン」「ハーブの丘」(2013年5月12日・4月8日のブログ参照)や、「飯沼本家」「酒々井まがり家」(2013年11月23日・4月26日のブログ参照)「酒々井プレミアム・アウトレット」(2015年4月12日・2014年3月7日のブログ参照)、「酒々井ちびっこ公園」(房総の魅力500選)、「六所神社」、「しすいの森パークゴルフ場」などの「観光施設」があります。

 「飯沼本家」は、「千葉県」「印旛郡」「酒々井町」にある300年つづく「老舗蔵元」で、「甲子正宗(キノエネマサムネ)」の「名称」で知られています。
 「穀倉地帯」「北総台地」(下総台地)の「中程」に位置する「酒々井町」は、「酒造り」に適した「水」を豊富に生み出すところから、上述のように「酒の井伝説」にちなんだ「地名」となっており、「酒造り」に適した「環境」に恵まれた「地」にあって、「飯沼本家」は「県内最大手蔵」となっているそうです。
 「飯沼本家」は、昔ながらの「手造り」にこだわりながらも、より「高品質」を目指し、「最新技術」も「積極的」に導入し、平成5年(1993年)には「北総蔵」を完成、「出稼ぎ杜氏」を置かず「全社員仕込み」を行っているそうで、「全て」を「機械化」で賄うわけではなく、「技術」の「伝承」の元で昔ながらの「手造り酒」も造り続けているそうです。
 「飯沼本家」の「社名」ですが、「株式会社飯沼本家」、「本社」は「印旛郡」「酒々井町」「馬橋」106、「創立」は大正14年(1925年)11月12日となっています。
 「飯沼本家」の「酒造り」ですが、「公式HP」にて下記のように紹介されています。

 飯沼本家の酒造り

 ヒストリー以上に、フューチャーを語り、創造していく

 酒造りを通じて「上質な田舎」を目指す酒造りというと
 「永い、古い、伝統」という言葉がついて回ります。
 しかし、お酒を飲んで下さる方も、造り手も、今を生きています。
 300年以上の歴史を持つ甲子正宗ですが、
 先祖が造っていた酒を同じように造っていては、これだけの年月を刻むことはできません。
 そこで、今蔵元として意識しているのは
 「ヒストリー以上に、フューチャーを語り、創造して行きたい」です。

 甲子正宗は、「時代の先」を行く酒、という自負があります。
 品質で、味わいで、さらに次の一手を志向するという点で高い目標を掲げて酒造りをしています。
 酒は独立して成り立つのではなく食との関係を常に意識する必要があります。
 当然、世界の無形文化遺産になった和食とのマリアージュを考えた酒造りに努めています。
 だから、甲子正宗は、食べながら飲むとおいしいのです。

 そして今、若い人に清酒を飲んでもらいたい、知ってもらいたい。
 時代を担う人たちに愛されなければ意味がないと考えています。
 そのために甲子正宗では若い醸造家に現場を任せ、
 「飲み盛り、造り盛り」が競い合える環境を整え、
 明確に若い人に向けた酒を造れる態勢になりました。
 着々とその成果は上がり、高い評価を受ける清酒を市場に送り出せるようになりました。

 私が思い描いているのは酒造りを通じての「上質な田舎」の実現です。
 「上質」には、常に最先端を走っているという意味が含まれています。
 千葉・酒々井の地にあって、酒だけではなく、
 酒の周辺の楽しみ、酒の肴まで開発・販売していきたい。
 21世紀の蔵元は、酒も含めて「興味深いワクワクするもの」を
 提案し続けることが大切だと意識しています。
 洗練された、洒落た、現代的、というものを発信するのが上質、
 それを実現することで甲子正宗のブランドと共に、
 千葉、酒々井の名も広く知らしめたいと思い続けています。

 飯沼本家 取締役社長 飯沼喜市郎

 文中まま表記

 「酒々井まがり家」ですが、「印旛郡」「酒々井町」の「甲子正宗」の「蔵元」・「飯沼本家」の「ショップ」、2Fは「ギャラリー」となっている「古民家」です。
 ちなみに「酒々井まがり家」のある「老舗蔵元」「飯沼本家」は、「人気スポット」「酒々井プレミアム・アウトレット」から4kmととても近い「場所」に立地しています。
 「酒々井まがり家」の2Fは、上述のように「ギャラリー」になっており、「千葉県」「在住」の「アーティスト」の「企画展」等が行われ、毎年2万人もの「人」が訪れる「人気スポット」となっているそうです。
 また「酒々井まがり家」は、「新潟県」の「旧清野邸」を移築した「古民家」だそうです。
 「飯沼本家」「HP」では、「酒々井まがり家」を下記のように紹介されています。

 「酒々井まがり家」

 大切に育てた酒をこの趣豊かな家屋の中でお楽しみください。

 酒が生まれたその環境の中で、お越しいただいた皆様に当家の酒をあじわっていただけるのは、私たちにとってもたいへん嬉しいことです。
 新潟県の「旧清野邸」を移築したこのまがり家は、酒々井の自然と、不思議なほどひとつになって、日本人が忘れてしまった時間を思い出させてくれます。

 「まがり家」の周りには豊かな自然があり、まがり家の裏から遊歩道が隣の山に続いています。
 その山の中にはバーベキューのできる場所があり、ご希望の方にはご利用いただいております。
 また、工房の前にもそのような場所がありますので、グループでアウトドアを楽しみたい方、場所をお探しのかたはどうぞ「まがり家」にご相談ください。

 ご予算に合わせてのおつまみなども用意することができますので、あわせてご利用ください。
 どうぞゆっくりと、私たちが大切に育てた酒をこの趣豊かな家屋の中でお楽しみください。

 文中まま表記

 「酒々井まがり家」の「お品書き」は、下記の通りです。

 酒蔵のまかないカレー 800円

 甲子の利き酒セット 1000円

 薬味味噌酒粕うどん 800円

 酒粕うどんの塩麹肉味噌のせ 650円

 薬味と辛みの卵とじ酒粕はっとパスタ 650円

 抹茶白玉ぜんざい 500円

 梅ジャムと果実の白玉 500円

 ピーナッツクリーム白玉 500円

 黒蜜の水わらび餅 抹茶クリームあんみつ 500円

 苺蜜の水わらび餅 クリームあんみつ 500円

 バニラアイスクリーム 古酒添え 400円

 抹茶アイスクリーム 黒蜜添え 400円

 抹茶と酒饅頭 400円

 煎茶と酒饅頭 400円

 紅茶と日本酒・梅酒かすてら アイス&フルーツ添え 700円

 柚子サイダー 300円

 「酒々井町」の「老舗蔵元」「飯沼本家」では、「伝統的」な「旧仕込み蔵」と、「システム化」された「新蔵」をご覧いただいた後、「酒々井まがり家」にて「飯沼本家」の「お酒」をご試飲でき、「酒々井まがり家」で「非日常」のゆったりとした「時間」を過ごせるそうです。
 ちなみに「甲子正宗」という「名前」は、「甲(キノエ)」の「年」に「酒造業」を開始したことから名付けられたといわれており、「甲」は「甲(コウ)」、「乙(オツ)」、「丙(ヘイ)」の「先頭」なので、「関東一」の「酒造り」を目指すという「意味」があるそうです。

 この度(タビ)「飯沼本家」では、「春」の「恒例イベント」「第11回まがり家フェスタ」を開催するそうです。
 今年(2016年)の「第11回まがり家フェスタ」の「開催期間」ですが、4月29日(祝・金)から5月8日(日)の「期間」となっています。
 「第11回まがり家フェスタ」では、「お酒のアウトレット販売」、「北総蔵の見学」、「筍掘り(タケノコホリ)」(1人100円)、「田植え体験&野外バーベキュー」(有料)、「ワークショップ&墨絵ライブin酒々井アートフェスタ」等を行うそうです。
 「筍掘り」ですが、「期間中」「毎日」行われる「イベント」で、「入山料」お1人様100円(税込)(スコップは1家族1本無料貸出)となっています。
 「お酒のアウトレット販売」ですが、4月29日(祝・金)10時00分から販売開始する「イベント」で、「恒例」となった「年」に一度の「アウトレット販売」は、「フェスタ期間中」開催となっています。
 「田植え体験」&「野外バーベキュー」(有料)ですが、5月3日(祝・火)10時30分より行われ、「定員」30名、「集合場所」は「飯沼本家」、「参加費」は「大人」3000円(税込)、「小学生以下」1500円(税込)となっており、「田植え体験」のあと、「千葉県産」の「食材」を使った「バーベキュー」を楽しめるそうです。
 「ワークショップ&墨絵ライブin酒々井アートフェスタ」を5月4日(祝・水)に行うそうです。
 「ワークショップ&墨絵ライブin酒々井アートフェスタ」「詳細」は下記の通りです。

 開催日  5月4日(祝・水) ※雨天時は5月5日に順延

 参加費  無料(道具はすべて用意しています。)

 時間

 13時00分 ジム・ハサウェイの墨絵ライブ(まがり家横の芝生にて開催。)
 14時00分 中島尚子の版画摺り体験教室
 15時00分 ジム・ハサウェイの墨絵教室

 また「第11回まがり家フェスタ」では、4月29日(祝・金)には「第6回甲子(キノエネ)大試飲会」を開催するそうです。
 「第6回甲子大試飲会」ですが、

 「甲子を試飲し、日本酒の魅力を楽しんでいただきたい」

 という「思い」から始まり、今回の「開催」で6回目を迎えるそうです。
 「第6回甲子大試飲会」は、「会費」3000円で、「蔵人」の「隠し酒」、「店頭」には出ていない「お酒」などが試飲でき、「蔵人」との「語らい」ができ、9種類の「おつまみ」付き、「おつまみ」の「持ち込み」も可能となっています。
 「第6回甲子大試飲会」の「イベント詳細」は、下記の通りです。

 「第6回甲子大試飲会」詳細

 開催日時 4月29日(祝・金) 14時00分〜16時00分

 開催会場 飯沼本家・明治蔵1階 印旛郡酒々井町馬橋106

 定員   80名

 会費   3000円(9種類のおつまみ付)おつまみ持ち込み可

 締切り  4月9日(土)

 「北総」の「老舗蔵元」「(株)飯沼本家」「敷地内」で開催され「春風」香る「杜の中」で行われる「ゴールデンウィーク」「恒例人気イベント」「第11回まがり家フェスタ」。
 この機会に「酒々井町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第11回まがり家フェスタ」詳細

 開催期間 4月29日(祝・金)〜5月8日(日)

 開催会場 (株)飯沼本家敷地内 印旛郡酒々井町

 問合わせ (株)飯沼本家酒々井まがり家 043-496-1001

 備考
 「第11回まがり家フェスタ」では、「スペシャルイベント」として「酒々井アートフェスタ」を行い、「酒々井まがり家」「まがり家ギャラリー」の5月、6月は、それぞれ「墨絵」、「版画」、「立体」を中心に活躍する「アーティスト」3人の「個展」を同時開催するそうです。
 「アーティスト」3人ですが、「ニューヨーク」出身の「墨絵画家」「ジム・ハサウェイ」氏、「精緻」な「写実表現」に「ユーモア」感じさせる「木口版画」の「中島尚子」氏、「ユニーク」な「立体作品」を手がける「中川武彦」氏で、「アート」を体感できる「ワークショップ」も開催するそうです。

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| 地域情報::成田 | 06:56 PM |
「第10回飯高壇林新緑祭」(匝瑳市)
 本日ご案内するのは、近隣市「匝瑳市」「飯高壇林」「妙雲山飯高寺」「講堂」で4月24日(日)に開催されます「第10回飯高壇林新緑祭」です。

 「妙雲山飯高寺(ミョウウンザンハンコウジ)」(2011年10月7日・4月22日・2010年10月9日のブログ参照)は、「匝瑳市」「飯高」に鎮座する、「日蓮宗」の「寺院」で、「山号」は「妙雲山」です。
 「妙雲山飯高寺」(飯高檀林)は、「匝瑳市」の「中心」から「北方」約8kmの「舌上台地」に造られた、「法華宗」(日蓮宗)の「学問所」で、「妙雲山飯高寺」の「敷地」は67667平方mを有し、鬱蒼(ウッソウ)とした「杉林」が「歴史」の「重み」を感じさせてくれます。
 「妙雲山飯高寺」の「御本尊」ですが、「三宝尊」を祀っており、「飯高寺」の「創建」ですが、1580年(天正8年)に創建された「寺院」です。
 「妙雲山飯高寺」ですが、「関東」における「日蓮宗」の「主要」な「檀林」(「僧侶」の「学問所」)のひとつで、「飯高檀林(イイタカダンリン)」と称されています。

 「妙雲山飯高寺」では、「関東」で初めて「日蓮宗」の「檀林」(飯高檀林)が開かれました。
 「飯高檀林」ですが、天正元年(1573年)、「要行院日統」が「匝瑳市」「飯塚」の「光福寺」に「学室」を開いたことが「檀林」の「前身」とされています。
 後に「京都」から「教蔵院日生」を招いて、天正7年(1579年)、「土地」の「有力者」「平山刑部」の「後援」を得て、「学室」を「当地」の「妙福寺」に移しました。
 これが「飯高檀林」の「発祥」で、「僧侶」の「教育」と、「宗学」を研究し、極めることを「目的」として開設され、翌年(1580年)には「現在」の「土地」に移っています。
 その後、「全国」に「諸檀林」ができはじめ、「関東八大檀林」、「関西六大檀林」へと発展したそうです。
 ちなみに、「檀林」とは「栴檀林」の「略語」で、「僧侶」の「集まり」を「栴檀」の「林」に例えた、つまり「寺院」の「尊称」であるとともに「仏教」の「学問所」を意味するそうです。

 その後、「飯高檀林」は、「徳川家康」、「養珠院」、「徳川頼房」、「徳川頼宣」などの「外護」を受け、「格式」の高い「檀林」へ発展し、「他」の「檀林」から編入した「学徒」は、「下」の「学部」へ落とされたそうです。
 その後、「学問所」として開かれた「飯高檀林」も、明治5年(1872年)の「学制発布」により、明治7年(1874年)「廃檀」となり、294年間の「歴史」を閉じることになりました。
 その後、「飯高檀林」のいくつかの「建物」は、「売却」や、取り壊されたものの「廃檀」「当時」のままの「状態」で、よく保存されているそうです。
 「飯高檀林」は、その後、その「名跡」を継いだ「立正大学」へと至っており、そのため「妙雲山飯高寺」「境内」に、「立正大学発祥之地」の「碑」が建てられています。

 「妙雲山飯高寺」の「講堂」・「鐘楼」・「鼓楼」・「総門」ですが、「国指定」の「重要文化財」に指定されており、「檀林跡」として「飯高寺」「境内全体」が、「千葉県」の「県指定史跡」に指定されています。
 「妙雲山飯高寺」「講堂」ですが、慶安4年(1651年)建立されたもので、「寄棟造」、「とち葺き」で、「平面」は「方丈形式」となっています。
 「妙雲山飯高寺」「鐘楼」ですが、「講堂」と同じ頃建立されたもので、「鼓楼」は、享保5年(1720年)建立、「総門」は、延宝8年(1680年)建立の「建造物」となっています。
 「妙雲山飯高寺」には、ほかにも上記のように「千葉県」の「県指定史跡」の「飯高檀林跡」(附・経蔵、題目堂、庫埋)、「匝瑳市」の「市指定有形文化財」に指定されている「妙雲山飯高寺」の「天蓋」、「匝瑳市」の「市指定天然記念物」に指定されている「黄門桜」(2012年4月1日のブログ参照)などがあります。
 「妙雲山飯高寺」「総門(ソウモン)」、「題目堂(ダイモクドウ)」、「鐘楼(ショウロウ)」、「鼓楼(コロウ)」、「一切経蔵(イッサイキョウゾウ)」、「講堂(コウドウ)」「詳細」は、下記の通りです。

 「総門」

 規模 間口4.705m、脇門1.915m

 形式 腕木門

 建立 延宝8年(1680年)新造。現在のものは、天明2年(1782年)新造。

 「題目堂」

 規模 間口7.575m、脇門6.590m

 形式 木造寄棟造

 建立 18世紀頃と考えられている。

 用途 四教儀部から集解部に上級するには、「新談義」という試験があった。その試験に合格するように、と祈願した場所。

 「鐘楼」

 規模 間口3.21m、脇門3.493m

 形式 木造入母屋造

 建立 寛文頃(1661年から1672年)再建

 梵鐘 寛永16年(1639年)秋寄進。鋳造は、武州江戸神田鍛冶町2丁目鋳物師山田和泉掾吉貞によるものときざまれている。

 「鼓楼」

 規模 間口2.827m、脇門2.899m

 形式 木造入母屋造

 建立 享保5年(1720年)新造。

 用途 講堂に学徒を呼集するため打ち鳴らした。

 「一切経蔵」

 規模 4.547m四方

 形式 木造寄棟造(モルタル塗装は昭和24年頃)

 建立 寛文12年(1672年)新造、現在のものは天明2年(1782年)新造。

 用途 経文・蔵書の収蔵庫として使用

 「講堂」

 規模 間口26.72m、奥行16.23m

 形式 木造入母屋造

 建立 火災にあい、慶安4年(1651年)13世寿量院日祐のとき再建。

 備考 県内で一番大きな重要文化財の建物

 ちなみに「黄門桜」ですが、元禄11年(1698年)に「水戸黄門」こと「徳川光圀」公が「妙雲山飯高寺」へ訪れたことを記念して植えられた「並木桜」のうち唯一現存する由緒ある「一本桜」です。
 「黄門桜」ですが、「幹周り」5.5m、「樹高」約7m、「葉張り」約16m、「山桜」の「一種」で、「ソメイヨシノ」よりも1週間くらい遅く開花するそうです。

 「新緑祭」(2015年4月19日・2013年4月26日・2012年4月28日・2011年4月22日のブログ参照)は、「杉」の「巨木」につつまれた「飯高檀林跡」「飯高寺」が、「新緑」に染まる、この「時期」に行われている「恒例」の「イベント」です。
 これまで、「新緑祭」は「9回」にわたって開催され、「会場」である「飯高寺」の「荘厳(ソウゴン)」な「講堂」(国指定重要文化財)では、毎回「コンサート」が開催されており、「人気」を博しています。

 「第10回飯高檀林新緑祭」は、「新緑」が素晴らしい「飯高檀林跡」「飯高寺」で、「講堂」を「ステージ」に開催される「入場料」「無料」の「コンサート」です。
 「第10回飯高檀林新緑祭」の「内容」ですが、「第一幕」「香音天(コウオンテン)コンサート」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)、「第二幕」「UFO(ユーフォー)新緑コンサート」となっています。

 「第一幕」「香音天」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)ですが、「打楽器奏者」「甲斐いつろう」さん、「横笛奏者」「甲斐カオン」さんと、「シンセサイザー奏者」「中ひろみ」さんによる「グループ」が出演する「コンサート」で、「開演」11時00分、約45分間の「篠笛・打楽器・シンセサイザー」による「コンサート」となっています。
 「打楽器奏者」「甲斐いつろう」さん・「横笛奏者」「甲斐カオン」さんですが、「実力派アコースティックユニット」として、1992年(平成4年)より活動開始。
 「香音天(コウオンテン)」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)ですが、「アジア」や「アフリカ」の「民族打楽器」と、「横笛」、「オカリナ」などを「中心」として「オリジナル曲」を多数制作しているそうです。
 「香音天(コウオンテン)」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)は、「オーガニック」で、しかも力強い「パワー」を秘めた「サウンド」は「東京」・「千葉」を「中心」に「全国」へ広がり「人気」を博しているそうです。
 「香音天(コウオンテン)」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)の「サウンド」には「癒し系音楽」という「昨今」の「ジャンル」にあてはめることのできない「奥行き」と、「幅広さ」があり、「縄文的」な「風合い」、「西欧」・「アジア民族文化」の「香り」、さらに「日本人」としての「誇り」が根底に太く流れているそうです。
 「千葉」の「里山」で暮らし、「天地自然」の「摂理」を感じ、「感謝」の「祈り」を「音魂」にのせている「香音天(コウオンテン)」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)。
 「日本各地」にて多くの「ファン」に支えられ、広がっている「コンサート」、是非、「生」の「感動」を味わって欲しい。

 「匝瑳市」「HP」「第10回飯高壇林新緑祭」を原文まま表記。

 「第10回飯高檀林新緑祭」「第一幕」「香音天」(篠笛・打楽器・シンセサイザー)では、「癒し」の「音色」が、「新緑」の「妙雲山飯高寺」(飯高檀林跡)「境内」に響くそうです。

 「第二幕」「UFO新緑コンサート」ですが、「UFO」が出演する「コンサート」で、13時00分、約60分の「コンサート」となっています。
 「UFO」ですが、「匝瑳市立八日市場小学校」「竹の子オーケストラ」「卒業生」「有志」の「弦楽合奏グループ」です。
 「UFO」は、2000年(平成12年)に、上記のように「旧・八日市場市立中央小学校」(現・「匝瑳市立八日市場小学校」)「竹の子オーケストラ」の「卒業生」「有志」により設立され、「TBS」「こども音楽コンクール」「千葉地区大会」「優秀賞」を受賞されています。
 その後、「UFO」は、「数々」の「コンクール」て数多く受賞されており、「旧・八日市場市」の「市制50周年記念式典」、「匝瑳市」の「誕生記念式典」など「まち」で行われる「節目節目」の「事業」に参加されている「音楽グループ」です。
 「第10回飯高檀林新緑祭」「第二幕」「UFO新緑コンサート」は、「匝瑳市立八日市場小学校」「竹の子オーケストラ」「卒業生」「有志」の「弦楽合奏グループ」の「恒例」の「コンサート」となっています。

 「学僧」が集った「日蓮宗」の「主要檀林」であった「飯高檀林跡」「飯高寺」「講堂」で開催される「静寂」な「空間」で繰り広げられる「新緑コンサート」「第10回飯高檀林新緑祭」。
 この機会に「匝瑳市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「第10回飯高檀林新緑祭」詳細

 開催日時 4月24日(日) 11時〜(第一幕・香音天(コウオンテン)コンサート)、13時〜(第二幕・UFO(ユーフォー)新緑コンサート)

 開催会場 飯高檀林 妙雲山飯高寺 講堂 匝瑳市飯高1789

 問合わせ 匝瑳市生涯学習課生涯学習室 0479-67-1266

 備考
 「第10回飯高壇林新緑祭」ですが、「雨天決行」となっています。
 「第10回飯高檀林新緑祭」が開催される「時期」には、「会場」「妙雲山飯高寺」(飯高檀林跡)「講堂」(国指定重要文化財)「裏」にある「ぼたん園」で、「色とりどり」の「ぼたん」が「見頃」を迎えるそうです。

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| 地域情報::匝瑳 | 01:17 AM |
「鯉のぼりまつり」(大網白里市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「大網白里市」「小中池公園(コナカイケコウエン)」で4月22日(金)〜5月6日(金)の期間開催されます「鯉のぼりまつり」です。

 「大網白里市」(2012年12月29日のブログ参照)は、「千葉県」「北東部」に位置する「市」で、「太平洋」、「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)に面し、「九十九里平野」(2012年7月6日のブログ参照)の「南西部」に位置しています。
 「大網白里市」は、「房総半島」の「付け根」の「太平洋岸」(九十九里浜)に面しており、「千葉県」の「県庁所在地」である「千葉市」の「東隣」に位置しています。
 「大網白里市」は、「東京都心」から50kmから60km圏域に位置しており、「大網白里市」の「市域」ですが、「東西」に約14km、「南北」に約7km、「海岸線」約3.5km、「面積」58.06平方kmで、「東西」に細長い「市域」は、「西部」の「大網地区」である「丘陵部」、「中央部」の「増穂地区」である広大な「田園部」、「東部」の「白里地区」である「海岸部」を有しています。

 「大網白里市」は、「単独市制施行」前は、「千葉県」の「町」で一番「人口」が多く、2005年(平成17年)以降は「住民登録人口」が5万人を超えていたそうです。
 そして、2010年(平成22年)の「国勢調査」における「人口」も50122人となったことから、「人口」に関しては「市制施行」の「条件」を満たしていることから、「町長」はこれにむけた「取り組み」を行うことを表明したそうです。
 2011年(平成23年)4月1日には、「大網白里町役場」(当時)内に「市制準備室」を設置され、2013年(平成25年)1月の「市制施行」を目指すように準備し、2012年(平成24年)11月15日、「総務省」「告示」「第三百九十六号」により、2013年(平成25年)1月1日に予定通り「市制」を施行されました。
 「大網白里市」の「隣接自治体」ですが、「千葉市」、「東金市」、「茂原市」、「山武郡」「九十九里町」、「長生郡」「白子町」となっています。
 ちなみに「大網白里市」の現在の「人口」ですが50365人、「世帯数」は21028世帯、「男性」24951人、「女性」25414人となっています。
 (2016年・平成28年4月1日現在)

 「小中池公園(コナカイケコウエン)」(2012年4月24日のブログ参照)は、「大網白里市」の「中央部」に位置し、周辺は「千葉県立九十九里自然公園」に指定されており、「自然」と、「人」が触れ合う「場所」として考えられ、「大網白里市」「市民」の「憩いの場」として整備されています。
 「小中池公園」の「小中池」は「ため池」で、「小中池公園」「着工」は1933年(昭和8年)で、「第二次世界大戦」の「影響」等で、「工事」が遅延し、1947年(昭和22年)に完成した「農業用ため池」なのだそうです。
 「小中池公園」の「小中池」ですが、現在も634ha(ヘクタール)の「水田」の「灌漑用水(カンガイヨウスイ)」として利用されています。

 「小中池公園」の「小中池」の周りの「遊歩道」や、「公園」の「随所」に沢山(タクサン)の「桜」(ソメイヨシノ)(400本を超す「数」の「桜」)が植栽されており、「お花見」も楽しめる「公園」となっており、「小中池公園」「遊歩道」沿いには、「桜」のほか、「紫陽花(アジサイ)」、「紅葉(モミジ)」が植樹されていることから、「ハイキング」や、「森林浴」が楽しめます。
 また「小中池公園」「園内」には、「数種類」の「遊具」があり、特に「県内有数」の「規模」を誇る「全長」約90m(94m)の「ローラー滑り台」や、「アスレチック遊具」等で遊ぶことができ、「入園」・「駐車場」が「無料」なことから、「子供連れ」の「家族」で賑わうことも多いそうです。

 「小中池公園」の「小中池」の周辺では、「コガモ」、「シジュウカラ」、「モズ」、「ウグイス」、「ホオジロ」、「ヒヨドリ」、「ツグミ」などの「野鳥」を観察できることから、「バードウォッチング」などに適しており、また「小中池」には100匹を超す「錦鯉(ニシキゴイ)」が放流されているそうで、「小中池」の「周囲」に整備された「デッキ」から「錦鯉」が「群れ」をなして泳ぐ「姿」を見ることができるそうです。
 「小中池公園」では、「春」は「桜」、「秋」には「紅葉」と、「四季」を通じて「自然」の「景観」を楽しむことができます。

 「大網白里市民」の「憩いの場」「小中池公園」では、毎年4月下旬から5月初旬にかけて、「地元」の「ボランティア」の「方々」が、「子どもたち」の健(スコ)やかな「成長」と、「地域」の「発展」を願い、「色とりどり」の「鯉のぼり」約60匹を300mにわたり掲揚(ケイヨウ)する「名物」の「鯉のぼりまつり」が催されています。
 今年(2016年・平成28年)の「鯉のぼりまつり」ですが、4月22日(金)から5月6日(金)の期間開催され、「風光明媚(フウコウメイビ)」な「小中池公園」「小中池」の「上空」に、「大網白里市」の「市の将来」を担う「子どもたち」の「成長」を願い、「迫力」ある「鯉のぼり」が舞うそうです。

 「新緑」に囲まれた豊かな「自然」の中にある「大網白里市民」の「憩いの場」「小中池公園」で開催される「雄大」に泳ぐ「鯉のぼり」が美しい「恒例イベント」「鯉のぼりまつり」。
 この機会に「大網白里市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「鯉のぼりまつり」詳細

 開催期間 4月22日(金)〜5月6日(金)

 開催会場 小中池公園 大網白里市小中1703

 問合わせ 大網白里市都市整備課街路公園班 0475-70-0360

 備考
 「鯉のぼりまつり」が開催される「小中池公園」ですが、「つり」、「バーベキュー」等は「禁止」となっています。

| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=2981 |
| 地域情報::九十九里 | 08:55 PM |
「地球の丸く見える丘展望館」「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」(銚子市)
 本日ご紹介するのは、地元「銚子市」「地球の丸く見える丘展望館」で4月24日(日)、5月1日(日)、5月3日(祝・火)〜5月5日(祝・木)、5月8日(日)、5月15日(日)、5月22日(日)に開催されます「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」です。

 「地球の丸く見える丘展望館」(2010年8月30日のブログ参照)は、「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)の「高所」(73.6m)である「愛宕山」の「頂上」に位置する「展望観光スポット」です。
 「地球の丸く見える丘展望館」からの「眺望」ですが、「北」は「鹿島灘(カシマナダ)」(2012年6月16日のブログ参照)から「筑波山」を望み、「東」と「南」は「一望千里」に「太平洋」の「大海原」を、「西」は「屏風ヶ浦(ビョウブガウラ)」(2012年5月20日のブログ参照)から「九十九里浜」(2012年5月11日のブログ参照)まで見渡せます。
 「地球の丸く見える丘展望館」では、「標高」約90mの「展望スペース」から360度の「大パノラマ」が広がり、緩やかに弧を描いた「水平線」によって、その名の通り、「地球の丸さ」を実感できる「展望施設」となっています。

 「地球の丸く見える丘展望館」には、上記のように「地球の丸さ」を実感できる「展望スペース」(屋上)を筆頭に、「銚子」の「特産品」「地酒」・「醤油」をはじめ、豊富な「お土産」・「名産品」が揃った「お土産コーナー」(売店)(1F)、「季節ごと」に行われる「各種企画展」が定期的に催される「イベントホール」(企画展示室)(2F)、「常設展示」として2012年に認定されました「銚子ジオパーク」(2012年12月9日・9月25日のブログ参照)「関連資料」の「展示」をしている「銚子ジオパーク展示場」(2F)、「銚子海洋研究所」の「イルカウォッチング」(2010年12月19日のブログ参照)で撮影された「写真」の「展示」(2F)、「イルカウォッチング」もしくは「銚子のPR」「映像」を映す「映像鑑賞コーナー」(2F)、「銚子沖」(名洗沖)で「実験稼働中」の「洋上風力発電」の「解説」(2Fエントランス)、「展望スペース
」に向かう途中にある「眺望」のよい「休憩スポット」「喫茶コーナー」「カフェ330」・「展望ラウンジ」(3F)があります。
 「地球の丸く見える丘展望館」の「イベントホール」ですが、上記のように季節ごとに、「写真展」や「絵画展」など「各種企画展」が行われており、多くの「観光客」、「地元客」の「皆さん」が訪れています。

 「魚拓」とは、「釣り」で釣った「魚の像」を、「墨」を使って「紙」などに転写したもので、釣り上げた「魚」の「原寸大」の「記録」を残すために行われます。
 「魚拓」には、「魚」に直接「墨」を塗り、「布」や「紙」に写し取る「直接法」と、「魚」に「布」や「紙」を載せて、上から「墨」などで「色」をつける「間接法」があります。
 「魚拓」は、最近では「動物愛護」の「観点」から、「魚拓」ではなく「写真」を撮り、それに代えることがあり、特に「ルアー・フィッシング」の「愛好家」は、「魚」を殺さず「水」に戻す「キャッチ・アンド・リリース」が「エチケット」になっているそうで、この場合「物差し」と共に「写真」を撮り、「大きさ」を証明するそうです。
 また、この「手法」になぞられて、「インターネット」上の「Webページ」の「内容」を、「画像」として保存する「Webサービス」を「魚拓サービス」とよび、「ウェブ魚拓」が「嚆矢(コウシ)」です。

 「魚拓」の「撮り方」は、下記の通りです。

 「直接法」

 魚体に墨を塗り、画箋紙又は布地(絹かベンベルグ)を被せて、タオルか、化粧用パフ等を使って軽く押しあてて撮る。

 「間接法」

 魚体を水洗いしてから水気をとり、固定板で動かぬように固定して、画箋紙又は布地を被せてから、たんぽに絵の具を含ませて、型紙を使って打ち、最後に目を書き入れる。

 「魚拓」(間接法)を撮るために準備するもの

 絵の具  水性か油性。

 視と墨  墨汁でもよい。

 小 筆  色彩の場合は色彩の数だけ用意する。

 たんぽ  青梅綿を絹布で包み捨ゴムで止める。(てるてる坊主)

 固定板  背ビレ、尾ビレ、胸ビレ等に合うような板を数枚。

 接着剤  魚体を固定板で動かぬよう接着する。

 はさみ  型紙等を作る。

 水取舵  型紙と水分をとるため。(画用紙でもよい)

 魚拓用紙 画箋紙又は布地。(絹かベンベルグ)

 パネル   裏打ちするため のり付きパネル。

 (注)画箋紙を用意する場合、上記に準備するもの

 1 霧吹き

 2 化粧用パフ(柔らかいもの)

 3 ドライヤー

 使用方法は用意した魚体に被せる前に、画箋紙に霧を吹き伸びた画箋紙を魚体に被せパフで密着させ、ドライヤーで水気を乾かす。
 仕上がった後、はがすときに破れないように注意する。

 「林友久」氏は、「銚子市」「豊里台」「在住」の「魚拓作家」です。
 「林友久」氏の「略歴」は、下記の通りです。

 1930年(昭和5年)  千葉県銚子市に生まれる。

 1960年(昭和35年) 釣具店を開業と同時に、趣味で魚拓を始める。

 1962年(昭和37年) 魚拓の重鎮高尾龍三郎先生に師事する。

 1963年(昭和38年) 画箋紙魚拓から布地魚拓へ移行し、現在に至る。

 1992年(平成4年)  銚子ポートタワーにて第1回魚拓展開催。

 その後、銚子商工信用組合本店、柏支店をはじめ、各支店にて魚拓展を開催、アメリカ・クースベイ市クース美術館に、銚子市が「林」氏の作品を寄贈する。

 1993年(平成5年)  銚子ポートタワーにて第2回魚拓展開催。

 1995年(平成7年)  地球の丸く見える丘展望館にて第1回魚拓展開催。

 1997年(平成9年)  銚子ポートタワーにて第3回魚拓展開催。

 1998年(平成10年) ウォッセ21にて魚拓展開催。

 1999年(平成11年) 銚子ポートタワーにて第4回魚拓展開催。

 2000年(平成12年) 千葉県立大利根博物館企画展「フナと釣り」に出展。
 (5月27日〜6月25日)

 東京電力(株)千葉支店ギャラリーにて魚拓展開催。
 (7月3日〜14日)

 その他 各団体の要望に応じ、各地で魚拓の撮り方の指導にあたる。

 「サメ」(鮫)は、「軟骨漁綱板鰓亜綱(ナンコツギョコウバンサイアコウ)」(ナンコツギョコウ・Chondrichthyes、バンサイアコウ・Elasmobranchii)に属する「魚類」のうち、「鰓裂」が「体」の「側面」に開くものの「総称」で、「鰓裂」が「下面」に開く「エイ」とは区別されるそうです。
 「サメ」は、「世界中」に約500種が存在、「世界中」の「海洋」に広く分布し、一部の「種」は「汽水域」、「淡水域」にも進出し、また、「深海性」の「サメ」も知られています。
 「サメ」は、「体」の「大きさ」が「種」によって異なり、「最大」の「ジンベイザメ」(体長およそ14m)から「最小」の「ツラナガコビトザメ」(体長22cm)までさまざまでありますが、「平均的」には1〜3mのものが多いそうです。
 「サメ」を意味する「言葉」として、他に「ワニ」(鰐)や、「フカ」(鱶)が使われることもあります。

 「サメの歯」ですが、「頭」の先端は尖(トガ)り、「口(クチ)」は通常その後方「下側」に開き、「口」には鋭い「歯」が並んでいるものが多く、「獲物」を喰いちぎるのに適しています。
 「サメの歯」は何列にも並び、いま使われている「歯列」のすぐ後ろには新しい「歯列」が用意されています。
 「獲物」を襲うなどして「歯」が1本でも欠けると、新しい「歯列」が古い「歯列」を押し出して、「歯列ごと」新しいものと交換されます。
 「歯列」は何回でも生え変わり、1尾の「サメ」が「生涯」に使う「歯」の「数」は数千から数万にのぼると考えられています。

 「人間の歯」は、「前歯」、「犬歯」、「奥歯」の3種類の「歯」がありますが、「サメの歯」は先端が尖った「歯」ばかりです。
 「サメの歯」の「形」や、「数」ですが、「サメ」の「種類」によって異なり、6〜20列の「歯」が並び、なかには3000本の「歯」を持つ「サメ」の「種類」もいるそうです。
 「サメの歯」は、上記のように、たくさんの「歯列」がありますが、「餌」を捕るときは前から2列までの「歯」を使うそうで、その後ろに並んでいる「歯」は、「予備の歯」になるそうです。
 「サメの歯」は、「獲物」に喰らいついたり、前列の「歯」が割れたり、すり減ったりすると自然に抜け落ちていき、代わりに後ろの「歯」が移動して前へと出ていくそうです。

 「サメの歯」ですが、「人間の歯」と違い、抜けては生えてを何度も繰り返し、約2〜3日ごとに「歯」を交換して常に鋭い状態を保っている「サメ」は、上記のように「一生」に2万本以上の「歯」を使うと考えられています。
 「サメの歯」が抜けやすい「原因」のひとつですが、「人間の歯」と違い、「歯」を支えている「歯槽骨(シソウコツ)」や、「歯根膜(シコンマク)」がないことと考えられ、「サメの歯」は、「サメ」の「進化の過程」で、「皮膚」(ウロコ)の一部が発達してできたからと考えられています。
 ちなみに、「歯槽骨」、「歯根膜」ですが、「歯槽骨」は、「歯」を支える「骨」のことで、「歯」の「構造」でいうと「歯根」の周囲に存在するもの、「歯根膜」は、「コラーゲン繊維」でできている「歯」を「歯槽骨」(顎の骨)に固定させている「組織」です。

 「アンモナイト」(分類名・アンモナイト亜綱、学名・subclassis Ammonoidea)は、古生代シルル紀末期(もしくは、デボン紀中期)から中生代白亜紀末までのおよそ3億5000万年前後の間を、「海洋」に広く分布し繁栄した、「頭足類」の「分類群」のひとつで、全ての「種」が平らな「巻き貝」の「形」をした「殻」を持っているのが「特徴」です。
 古生代と中生代の下位に当たる各年代を生きた「種」はそれぞれに「示準化石」とされており、「地質学研究」にとって極めて「重要」な「生物群」となっています。
 「アンモナイト亜綱」は、オルドビス紀から生息する「オウムガイ亜綱」(Nautiloidea)の中から分化したものと考えられています。
 以来、「彼ら」は実に長くの時代を繁栄していましたが、中生代の幕引きとなる白亜紀末の「K-T境界」を最後に「地球上」から「姿」を消しました。
 ちなみに「K-T境界」(ケイ・ティーキョウカイ、英・Cretaceous-Paleogene boundary)とは「地質年代区分」の「用語」で、約6550万年前の中生代と、新生代の「境目」に相当するそうです。

 この度(タビ)「地球の丸く見える丘展望館」では、4月24日(日)、5月1日(日)、5月3日(祝・火)〜5月5日(祝・木)、5月8日(日)、5月15日(日)、5月22日(日)に、「地球の丸く見える丘展望館」「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」を開催するそうです。
 「地球の丸く見える丘展望館」「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」の「内容」は、「ホタテ貝を使った色彩魚拓体験」、「サメの歯ストラップつくり」、「アンモナイトのレプリカつくり」となっており、「詳細」は、下記の通りです。

 「ホタテ貝を使った色彩魚拓体験」詳細

 開催期間 4月24日(日)、5月3日(祝・火)〜5月5日(祝・木)、5月15日(日)、5月22日(日)

 開催時間 10時〜15時

 所要時間 15分〜20分

 体験料  100円(入館料、別途必要)

 サメの歯ストラップつくり

 開催日  5月1日(日)

 開催時間 9時半〜16時半

 所要時間 15分程

 体験料  無料体験(入館料、別途必要)

 「アンモナイトのレプリカつくり」詳細

 開催日  5月8日(日)

 開催時間 10時半〜14時半

 所要時間 10分程

 体験料  無料体験(入館料、別途必要)

 「地球の丸さ」が実感できる「人気観賞スポット」「地球の丸く見える丘展望館」で開催される「ゴールデンウィーク」を含む「5月イベント」「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」。
 この機会に「銚子市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「地球の丸く見える丘展望館」「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」詳細

 開催期間 4月24日(日)、5月1日(日)、5月3日(祝・火)〜5月5日(祝・木)、5月8日(日)、5月15日(日)、5月22日(日)

 開催内容 上記参照

 開催会場 地球の丸く見える丘展望館 銚子市天王台1421-1

 開館時間 9時〜18時半 (4月〜9月)
      9時〜17時  (10月〜3月)

 入館料  大人 380円 小・中学生 200円 65歳以上 330円

 問合わせ 地球の丸く見える丘展望館 0479-25-0930

 備考
 「ゴールデンウィーク&5月の体験・手作りイベント」「アンモナイトのレプリカつくり」ですが、5月10日(火)の「化石の日」を記念して行われるそうです。

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| 地域情報::銚子 | 06:13 PM |
「ほくそう春まつり2016」(印西市)
 本日ご紹介するのは、近隣市「印西市」「千葉ニュータウン中央駅前」・「駅前自由通路」で4月24日(日)に開催されます「ほくそう春まつり2016」です。

 「印西市」は、「東京都心」から約40km、「県庁所在地」「千葉市」から約20km、「世界の空の玄関口」(WORLD SKY GATE)「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)から約15kmに位置し、三方を「利根川」(2011年10月9日のブログ参照)、「印旛沼」(2011年2月23日のブログ参照)、「手賀沼」に囲まれた「水」と「緑」豊かな「市」です。
 「印西市」は、周辺の「佐倉市」、「四街道市」、「白井市」、「八街市」、「成田市」、「富里市」、「印旛郡酒々井町」、「印旛郡栄町」と合わせて「印旛地域」と称され、隣接する「自治体」は、「柏市」、「我孫子市」、「白井市」、「八千代市」、「佐倉市」、「成田市」、「印旛郡酒々井町」、「印旛郡栄町」、「茨城県」「北相馬郡」「利根町」となっています。

 「印西市」ですが、2008年(平成20年)に「印西市」・「印旛郡印旛村」・「印旛郡本埜村」の「1市2村」の枠組みで、「市町村合併の特例等に関する法律」(新合併特例法)の期限である2010年(平成22年)3月末までの「合併」に関する話し合いを行うために、2008年10月24日に「合併問題懇談会」が、それぞれの「市村の長」および「議会議員の代表」により構成、設置され、翌2009年(平成21年)1月9日に「合併協議会」が設置されました。
 「合併協議会」では、「合併」の期日を2010年(平成22年)3月23日とし、「合併方式」は「印西市」に「印旛郡印旛村」・「印旛郡本埜村」を編入する編入合併、「新市」の「名称」は「印西市」とすることで合意、合併申請が行われ、2010年3月5日「総務省告示第73号」で「合併」が決定。
 これにより、予定通り2010年3月23日に、「新・印西市」が誕生しました。
 「印西市」の「人口」ですが、「人口」95185人、「世帯」36504世帯、「男性」47232人、「女性」47953人となっています。
 (2016年(平成28年)3月現在)

 「印西市」ですが、「千葉ニュータウン中央・印西牧の原地区」、「木下地区」、「印旛地区」、「本埜地区」から構成されています。

 「千葉ニュータウン中央・印西牧の原地区」ですが、「印西市」「西部」の「下総台地」(北総台地)(2012年7月10日のブログ参照)上、「千葉ニュータウン」が広がり、「千葉ニュータウン中央駅」・「印西牧の原駅」周辺および「国道464号線」沿線は、「印西市」における「経済・商業の中心地」(新・市街地)となっています。
 「千葉ニュータウン中央・印西牧の原地区」ですが、最も「印西市」で「人口」が多く、「北総線」および「国道464号線」に沿って発展しており、「北総エリア」における「一大ショッピングゾーン」を形成しています。

 「印西市」「北西部」の「利根川」沿いの「低地」に所在する「木下(キオロシ)地区」(旧・木下町)ですが、、「利根川水運」の「宿場町」であった「旧・市街地」があり、「印西市」の「市役所」や「警察署」などの「行政機関」が位置し、「印西市」「行政の中心地」となっています。
 「木下地区」は、古くからの「町並み」が残る「旧・市街地」であり、「利根川」および「木下街道」に沿って発展しています。

 「印旛地区」(旧・印旛村)は、「印西市」の「東南部」に位置し、「北総エリア」の「基幹病院」である「日本医科大学千葉北総病院」があり、「印旛日本医大駅」を中心として宅地化が進行している「エリア」です。
 一方「印旛地区」は、「谷津田」をはじめ、「自然」も多く残されており、「樹齢」300年を越える「吉高の大桜」(2011年4月5日のブログ参照)や、「ナウマン象発掘の地」などの「観光名所」もあります。

 「本埜地区」(旧・本埜村)ですが、「印西市」の「北東部」に位置し、「北印旛沼」に面し「水田」が広がり、「冬」には越冬のために、800匹を越す「白鳥」が、飛来することで知られています。
 一方「本埜地区」は、「印西牧の原駅」「北側」に位置する「千葉ニュータウン」「滝野地区」で宅地化が進行、また「成田国際空港」に近いこともあって、近年「国道464号線」の沿道「みどり台」などに、「研究所」や「物流センター」などの進出が目立っています。

 「印西市」は、江戸時代より「利根川」の「水運」が盛んで、「物資輸送」の「拠点」のひとつであった「木下河岸」や、「香取神宮」(2010年11月5日・6日のブログ参照)、「鹿島神宮」(2010年11月8日・9日・10日のブログ参照)、「息栖神社」(2010年11月7日のブログ参照)の「東国三社詣」(2010年10月23日のブログ参照)などに向かう道中の「宿場町」として栄えた「木下(キオロシ)街道」付近を、中心に栄えてきました。
 上記のように、「印西市」は江戸時代から「商業のまち」として栄え、「江戸」と「佐倉」・「銚子」を結ぶ上で「重要なまち」として、また「香取神宮」、「鹿島神宮」、「息栖神社」を詣でる「旅人の宿場町」として繁栄し、そのため、「印西市」には「歴史的建造物」、「遺跡」も数多く残り、当時の面影(オモカゲ)を偲(シノ)ばせている「まち」です。
 現在も「印西市」は「地理的条件」にも恵まれ、上記のように「東京都心」、「千葉市」、「成田国際空港」という「日本」を代表する「高機能拠点」の中心に近く位置している「まち」として利点を活かし発展を続けています。

 「北総鉄道株式会社」は、「東京都」「東部」から「千葉県」「北西部」を結ぶ「北総線」を運営する「日本」の「鉄道会社」で、「北総鉄道株式会社」は、「京成グループ」の「企業」のひとつで、「京成電鉄」が「筆頭株主」であるほか、「千葉県」や「松戸市」など「沿線」「地方公共団体」が出資しており、「本社」は「千葉県」「鎌ヶ谷市」「新鎌ヶ谷」4丁目に所在しています。

 「北総鉄道」は、「千葉ニュータウン」の「建設開始」に伴い、1972年(昭和47年)3月の「都市交通審議会」(現在の運輸政策審議会)「答申第15号」が示した2本の「東京都心直結ルート」のひとつを運営するために、「京成グループ主体」により設立されました。
 その後、「京成電鉄」の「経営悪化」に伴い、「千葉ニュータウン建設」の「事業主体」である「千葉県」、1973年(昭和48年)に「事業」に参加した「宅地開発公団」(後に住宅・都市整備公団、都市基盤整備公団を経て、現在は都市再生機構)および「沿線」の「地方公共団体」や「金融機関」が「出資者」として加わり、「第三セクター会社」となったそうです。
 現在では「京成電鉄」の「経営改善」が実現しており、また「北総鉄道」は「第三セクター会社」ではありますが、「京成グループ」として、「グループ統一ロゴ」等を「車両」等に掲示しています。
 「北総鉄道」の「営業利益」は、毎年100億円以上(2011年度は154億円)あり、2000年度より「12期連続黒字」だそうです。
 しかし、「建設関連」に伴う「借入金」の「額」が多く、2012年(平成24年)3月の時点で「固定負債」が909億円あり、約8.94億円の「債務超過」となっており、「債務超過額」は、かつては「日本全国」の「第三セクター鉄道」の中で第3位(2006年3月末現在のデータ)だったそうですが、2012年度の「中間決算」にて、開業以来の「債務超過」を解消しています。

 「北総鉄道」は、その「設立」の「経緯」から「千葉ニュータウン」の「建設」と密接な「つながり」を持ち、その「社史」は「千葉ニュータウン建設」の「歴史」の一部でもあります。
 また「成田国際空港」と「都心部」の「アクセス手段」は、「東日本旅客鉄道」(JR東日本)の「成田エクスプレス」および、それまで「京成本線」を経由していた「京成電鉄」の「スカイライナー」が担ってきましたが、「北総鉄道」の保有する「北総線」が、「成田スカイアクセス」の「一部区間」を担うことになったことも、「千葉ニュータウン建設の歴史」と共に重要な要素となっており、「千葉ニュータウン開発」が収縮した後は、「沿線開発」と「空港連絡鉄道」としての「役割」が「北総鉄道株式会社」の「社史」となっています。

 「千葉ニュータウン」の「建設」は1966年(昭和41年)に「千葉県」が「構想」を発表し、1969年(昭和44年)に「都市計画」を決定。
 1970年(昭和45年)に「小室地区」から「事業」が着手されたものの、「用地買収」が計画通りに進まず、その間に「東京圏」への「人口集中」が鈍化し、「住宅確保」の「緊急性」が薄れたこともあって、当初の「計画」から大幅な「変更・縮小」を余儀なくされていました。
 これにより、当時「都心」への唯一の「鉄道アクセス手段」であった「北総開発鉄道」の「旅客数」低迷にも直結し、「北総鉄道株式会社」の「経営」が悪化する主因となったそうです。
 そのような動きにより、2004年(平成16年)7月に、「都市基盤整備公団」の「資本撤退」に伴い、「開発」の「名」を「社名」より外して「北総鉄道株式会社」とし、「北総・公団線」と呼ばれた「路線名」も「公団」を外して「北総線」としたそうです。

 上記のように2010年(平成22年)7月17日より、「北総線」を経由して「都心」と「成田国際空港」を結ぶ「成田スカイアクセス」の「開通」により、「第2種鉄道事業者」として「京成電鉄」が運行する「スカイライナー」や「アクセス特急」が「北総線」の「路線」を経由することになり、「京成電鉄」から得られる「路線・施設使用料収入」が「収益改善」に貢献し、上記のように2012年(平成24年)に「債務超過状態」を「会社設立」から40年をかけて解消したそうです。

 「北総鉄道」では、日頃「北総線」を愛顧されている「お客様」へ「感謝の気持ち」を込めて1996年(平成8年)から毎年「春」に「ほくそう春まつり」を開催しています。
 「ほくそう春まつり」は、「千葉ニュータウン中央駅」を「会場」に行われ、昨年(2015年)は、「関東近郊の鉄道各社が集結した鉄道グッズ即売会」、「鉄道忘れ物チャリティーバザー」、「警察音楽隊によるブラスバンド演奏」、 「豪華景品が当たる!抽選会」、「北総7500形ミニ電車」、「親子駅長撮影会」、 「東京電機大学による工作コーナー」、「鉄道おもちゃで遊ぶコーナー」等が行われ、「特設ステージ」では、「九州発アイドルグループ」「LinQ(リンク)」(3年連続出演)、「人気若手漫才コンビ」「ブルーリバー」、「ヒップホップアイドルユニット」「LYRICAL school TOKYO」、「アイドルグループ」「ハコイリ ムスメ」の「皆さん」が「イベント」を盛り上げたそうです。

 「ほくそう春まつり2016」ですが、4月24日(日)10時00分から15時00分まで「千葉ニュータウン中央駅」の「自由通路」、「駅前ロータリー」、「コンコース」等を「会場」に行われます。
 「ほくそう春まつり2016」の「内容」は、下記の通りです。

 1 駅コンコース

 ブラレールで遊ぼうコーナー

 親子駅長撮影会

 東京電機大学コーナー

 オリジナル風船の配布

 Nゲージコーナー

 2 自由通路・ロータリー広場(南口)

 鉄道会社グッズ即売およびPR

 3 自由通路・ロータリー広場(北口)

 景品抽選会

 京成グループ「BMKコーナー」
 忘れ物チャリティーコーナー

 北総ミニ電車の運行

 北総沿線物産展・模擬店

 印西市農産物店

 日本医科大学の健康相談コーナー

 企業等PRコーナー

 警察音楽隊ミニコンサート

 パトカー・白バイ展示

 消防車(ハシゴ車)などの展示

 「ほくそう春まつり2016」「ステージスケジュール」は、下記の通りです。

 10時00分〜10時10分 オープニングトーク (きゃんひとみ、ブルーリバー)

 10時10分〜10時35分 RY'sミニライブ (1回目)

 10時45分〜11時10分 VENUS PROJECTミニライブ

 11時20分〜11時50分 LinQ(リンク)ミニライブ (2回目)

 11時50分〜12時10分 ブルーリバー&LinQ (ブルLinQ) トークライブ

 12時10分〜12時35分 RY'sミニライブ (2回目)

 12時45分〜13時10分 超新塾 爆笑ライブ

 13時15分〜13時45分 bayfm presence 小島嵩弘 本気ライブ

 13時45分〜14時15分 LinQ(リンク)ミニライブ (2回目)

 14時20分〜14時50分 special guest Pileスペシャルミニライブ

 14時50分〜     クロージングトーク (きゃんひとみ、ブルーリバーほか)

 「千葉ニュータウン中央駅前」・「駅前自由通路」等で開催される「恒例」の「人気イベント」「ほくそう春まつり2016」。
 この機会に「印西市」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「ほくそう春まつり2016」詳細

 開催日時 4月24日(日) 10時〜15時

 開催会場 千葉ニュータウン中央駅前・駅前自由通路ほか 印西市中央南1-1390-1

 問合わせ 北総鉄道株式会社運輸部営業課 047-445-1901

 備考
 「ほくそう春まつり2016」ですが、「荒天」の場合は「中止」となるそうです。

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| 地域情報::成田 | 10:11 AM |
「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」(芝山町)
 本日ご紹介するのは、近隣市「芝山町」「道の駅風和里しばやま」で4月24日(日)に開催されます「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」です。

 「芝山町」は、「千葉県」の「北東部」「北総台地」(下総台地)(2012年7月10日のブログ参照)のほぼ「中央」に位置し、「山武郡」の「最北端」、「首都」「東京」から60km圏の地点にある「自治体」です。
 「芝山町」ですが、「東」は「香取郡」「多古町」、「南」は「山武郡」「横芝町」と「山武市」、「南西」に「富里市」、「北」は「成田市」、「成田国際空港」(2012年12月10日のブログ参照)に接しています。
 「芝山町」は、「東西」8.4km、「南北」10.5km、「面積」43.47平方kmとなっており、おおむね平坦で、「東」に「高谷川」、「西」に「木戸川」が流れ、この「流域」には「稲作地帯」が広がっており、「芝山町」「西北部」の「丘陵地」でも、「畑作」がさかんに営まれています。
 「芝山町」ですが、「山武郡」にある「まち」で、「国」の「構造改革特別区域法」に基づき、2003年(平成15年)4月21日に「国際空港特区」に認定されています。

 「芝山町」は、「成田国際空港」(成田空港)の「南側」に位置し、一部「空港用地」が「町内」にかかっており、「町域」のほとんどが「成田国際空港」を「離着陸」する「航空機」の「高度」が低い「場所」であるため、「成田空港周辺市町村」の中で、最も「騒音被害」が大きい「地域」だそうです。
 「芝山町」は、上記のように「成田国際空港」に隣接しているため、「臨空工業団地」(芝山第2工業団地、空港南部工業団地)などに多くの「企業」が進出しており、「国」の「構造改革特別区域法」に基づく「国際空港特区」の「一部」を担っています。
 また、その「波及効果」も大きく、「芝山町」「町内」はもとより、「周辺市町村」への「雇用拡大」や、「平成16年度」より「固定資産税収入」の「増収」により、「芝山町」は「普通交付税不交付団体」(財源超過団体)になり、「財政」の「健全化」にも貢献しています。

 「芝山町」の「産業」ですが、「第一次産業」である「農業」に携われている「農業従事者」が多く、「芝山町」の「人口」の30%程度を占めています。
 「芝山町」「町域全体」が「丘陵地帯」であり、「地域特性」を活かした「畑作」が多く、「芝山町」は「県内有数」の「農業地帯」として知られており、近年では「スイカ」と、「花卉(カキ)」の「出荷」が増加しており、「成田国際空港」から「海外」に輸出されるものも多いそうです。

 「芝山町」の「第二次産業」ですが、「芝山町内」には「芝山」(向野地区・千葉県企業庁)(木崎地区・千葉県まちづくり公社)、「第2芝山」(千葉県企業庁)、「空港南部」(千葉県企業庁)の「3つ」の「工業団地」があります。
 中でも「芝山工業団地」内にある「日本オーチス・エレベータ」の「エレベータ」の「試験塔」「芝山テストタワー」(高さ・154.2m、地上・39階建て)が目立ち、また現在も「物流団地」の「拡大」が続けられています。
 「芝山町」の「町内」の「主」な「物流拠点」ですが、下記の通りとなっています。

 郵船ロジスティクス 成田ロジスティクスセンター (NLC)

 福山通運 成田流通センター

 西日本鉄道 成田ロジスティクスセンター

 セイノー通関 成田ロジスティクスセンター

 西濃シェンカー 成田ロジスティクスセンター (ドイツ スティネス社との合併。)

 DHL 成田ロジスティクスセンター

 プロロジス パーク成田

 ケイラインロジスティクス 成田ロジスティクスセンター

 アルプス物流 成田営業所・航空事業センター

 東芝物流 成田エアカーゴセンター

 近鉄エクスプレス 成田ターミナル

 丸紅物流 成田営業所

 日立物流 成田空港センター

 阪急阪神エクスプレス 成田カーゴターミナル

 「道の駅風和里しばやま」(2011年8月27日・2010年9月8日のブログ参照)は、「県内有数」の「農業地帯」「山武郡」「芝山町」に立地している「人気」の「道の駅」です。
 「道の駅風和里しばやま」の「周辺」には、「航空科学」に関する「様々」な「資料」や、「モデルプレーン」を展示している「国内」「最初」の「科学博物館」「航空科学博物館」(2011年6月7日のブログ参照)や、「芝山町」から「埴輪(ハニワ)」が出土された事から「考古遺物」を展示した「博物館」「はにわ博物館」(2011年11月26日のブログ参照)、781年に創建され、江戸時代から「成田山新勝寺」(成田不動)(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)と共に「民間信仰」を集め、親しまれてきた「天台宗」の「古刹」「芝山仁王尊」「天應山観音教寺」(2011年4月25日のブログ参照)等、「観光資源」にも恵まれており、「道の駅風和里しばやま」は、「成田国際空港」が「敷地内」にあり、「県道62号線」沿いに立地する「アクセス性」に優れた「道の駅」です。

 「道の駅風和里しばやま」ですが、「開業当初」は「道の駅」ではなく、「風和里しばやま」として、「山武郡」「芝山町」「小池」に「地域交流拠点」を兼ねる「農産物直売所」として、2008年(平成20年)4月にオープンしました。
 上記のように「風和里しばやま」は、「成田国際空港」「南側」から「芝山町」を通り、「山武市」「松尾地区」を抜ける「幹線道路」(通称「芝山はにわ道」)沿いにあり、「芝山町」や、「地元農協」が出資する「第三セクター方式」で運営されており、「風和里しばやま」では「地元農家」と、「近隣の農家」約200人の「会員」が生産する「地元」の「農産物」や「千産千消産品」(「千葉県」の「地産地消産品」の「意」の「造語」)である「農産物加工品」、「花」、「惣菜」、「生鮮食料品」、「みやげ物」、「工芸品」などを「豊富」に取り扱い、「生産者」の「顔」が見える「販売」を行っていました。
 そして「農産物直売所」「風和里しばやま」は、「国土交通省」に、「道の駅」の「申請」を提出し、2011年(平成23年)8月25日に「道の駅」「登録」がなされ、晴れて「道の駅風和里しばやま」として登録されています。
 「道の駅」に昇格した「道の駅風和里しばやま」ですが、「千葉県内」の「道の駅」では、「22ヵ所目」の「登録」となったそうです。
 なお、「道の駅風和里しばやま」の「農産物直売所」は、「株式会社風和里しばやま」(第三セクター)が「管理」・「運営」を行っているそうです。

 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」ですが、「道の駅風和里しばやま」の「道の駅」「登録」がなされた、平成20年(2008年)4月26日のオープンから「8周年」を記念して行われる「恒例」の「記念イベント」です。
 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」に際し、「道の駅風和里しばやま」では、「充実」の「商品」の「ラインナップ」で、「観光客」、「地元客」の「皆さん」の「お越し」をお待ちしているそうです。
 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」では、4月24日(日)「当日」「来場者」「全員」、「無料」で一度だけ「ハズレなし」の「ガラポンくじ」を開催し、「ガラポンくじ」「先着」400名の「皆さん」が「チャレンジ」できるそうです。
 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」「ガラポンくじ」の「景品」ですが、「農産物直売所」ならではの「地元産」の「お米」や、「特産品」といった「素敵」な「商品」を用意されているそうです。
 なお「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」「ガラポン」ですが、「景品」が無くなり次第「終了」となるそうです。

 「人気」の「道の駅」「道の駅風和里しばやま」で開催される「恒例」の「記念イベント」「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」。
 この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?

 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」詳細

 開催日時 4月24日(日) 9時〜

 開催会場 道の駅風和里しばやま 山武郡芝山町小池2568

 問合わせ 道の駅風和里しばやま 0479-70-8877

 備考
 「道の駅風和里しばやま」の「おすすめ商品」ですが、「芝山町」の「イメージキャラクター」「しばっこくん」がかわいい「お菓子」、「サイダー」となった「しばっこくんバターサブレ」、「しばっこくんサイダー」、「地元産」の「黒米」を使用した「古代米バウムクーヘン」、「玉こんにゃく」の「本場」「山形直送」「玉こん」といった「オリジナル商品」が「大人気」なのだそうです。
 「道の駅風和里しばやま8周年創業祭」が行われる「道の駅風和里しばやま」では、「ゴールデンウィーク」に「ゴールデンウィークイベント」を開催するそうで、「道の駅風和里しばやま」「ゴールデンウィークイベント」は、下記の通りです。

 4月30日(土) 10時30分〜15時30分

 移動動物園

 ※12時30分〜13時30分休み

 5月3日(祝・水) 10時00分〜15時00分

 バンド演奏会

 ※イベントは天候により中止となる場合があります。

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| 地域情報::成田 | 10:11 AM |

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