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2017,01,29, Sunday
「芝山仁王尊」「節分会」(芝山町)
author :
犬吠埼観光ホテル
本日ご案内するのは、近隣市「芝山町」「芝山仁王尊」「天應山観音教寺」で2月3日(金)に開催されます「芝山仁王尊」「節分会」です。
「芝山仁王尊」こと「天應山観音教寺」(2011年4月25日のブログ参照)ですが、「山武郡」「芝山町」に鎮座する「天台宗」の「寺院」で、「山号」は「天應山(天応山)」、「御本尊」は「十一面観世音菩薩」を祀っています。
「天應山観音教寺」は、上述のように「比叡山延暦寺」を「御本山」とする「天台宗」の「寺院」で、「正式名称」を「天應山観音教寺福聚院」、「開山」から実に1200余年にもなる「県内有数」の「古刹」です。
「天應山観音教寺福聚院」ですが、「上総国薬師如来霊場」「第28番」(結願)、「神上総国三十三観音霊場」「第33番」(結願)、「東国花の寺百ヶ寺」「千葉6番札所」としても知られています。
「天應山観音教寺」の「由緒」ですが、奈良時代末期、人皇第四十九代「弘仁天皇」の宝亀11年(780年)の「正月」、「平城京」が「雷火」に襲われ、「皇室擁護」の「寺院」が多く焼失したため、「諸国」に命じて新たに「仏寺」を建てせしめたそうです。
「天應山観音教寺」は、天応(天應)元年(781年)「勅命」により、「征東大使」「中納言 藤原継縄」公が、この「布令」の下に「当地」に「寺院」を建立し、「御本尊」として奉持して来た「十一面観世音菩薩」を奉安し、創建されたそうです。
「天應山観音教寺」は、天長2年(825年)、後に「第3代天台座主」となった「慈覚大師」「円仁」により中興され、次第に「甍(イラカ)」の「数」を増やし、近隣に八十余字の「子院」を置くに至ったと伝えられています。
その後「天應山観音教寺」は、中世「治承年間」に「千葉」の「豪族」である「千葉介平常胤」の「崇敬」を受け、許多の「仏田」が寄進され、永く「祈願所」として栄えましたが、「豊臣秀吉」の「小田原攻め」の「影響」を受け、「天應山観音教寺」も「全山灰土」と化したと伝えられています。
やがて江戸時代に入り「天應山観音教寺」は、「徳川幕府」の「庇護」の下、「十万石」の「格式」を持つ「伴頭拝領寺」として、「関東天台」の「中核」となす「寺院」になったそうです。
「天應山観音教寺」は、「火事泥棒除け」・「厄除け」の「仁王尊天」として、古来より「大江戸」の「庶民」の「信仰」を集めており、「いろは四十八組」の「町火消」が「纏(マトイ)」を「先頭」に競って参詣したと伝えられています。
また「天應山観音教寺」については、下記のように伝えられています。
「江戸の商家で芝山のお札を貼らない店(タナ)はない。」
「天應山観音教寺」「芝山仁王尊」は「黒仁王」といわれ、「火事・泥棒除け」、「子育て」に霊験あらたかで、江戸時代には「成田」の「不動尊」「成田山新勝寺」(2010年11月14日・15日・16日のブログ参照)と共に、「江戸庶民」の「信仰」を集めたそうです。
上述のように江戸時代から「火事・泥棒除けのにおうさん」として「庶民」に絶大な「人気」があったことが伺えます。
現在でも「天應山観音教寺」には、有名な「新門辰五郎」の「旧・を組」の「記念碑」が、「天應山観音教寺」「境内」に建っており、その「信仰」が今日(コンニチ)まで連綿として伝えられていることが分かります。
上記のことから「天應山観音教寺」は、「火事除け」・「泥棒除け」の「仁王尊」として知られることから、「天應山観音教寺」は「芝山仁王尊」とも呼ばれています。
「芝山仁王尊」「天應山観音教寺」「境内」には、鎌倉時代初期に作られた「厄除け」で「有名」な「御本尊」「十一面観世音菩薩」や、「千葉県」の「県指定有形文化財」(建造物)に指定されている「天應山観音教寺」「三重塔」(1955年(昭和30年)12月15日指定)などがあります。
また「天應山観音教寺」「境内」には、「桜」、「つつじ」、「もみじ」、「椿(ツバキ)」、「菖蒲」など「多種類」の「植物」があり、「古木」に囲まれた広い「境内」は、「七堂釈迦藍」が「甍(イラカ)」を競い「名山」の「面影」を今に伝えています。
「天應山観音教寺」では、「年中行事」として、「お取子大縁日」、「こどもの日のイベント」、「十七夜講(ジュウシチヤコウ)」が予定されています。
「転読」ですが、「法会」において、「経」の「題名」と、「初」・「中」・「終」の「数行」だけを略読することです。
(法会において、経の題名と初・中・終の数行を読み、経巻を繰って全体を読んだことにする読み方。)
「転読」は、「大部」の「経典」、特に「大般若経」600巻について行われています。
「大般若転読(ダイハンニャテンドク)」ですが、「仏事」の「法要名」で、「大般若経」600巻を「短時間」に読み上げる「法要」です。
そのために、例えば30人の「職衆(シキシユウ)」に20巻ずつ分担させる等した上、「転読」という「速読法」を用います。
「転読」ですが、「巻物」「仕立て」の「経」を転がしながら「目」を通すことから出た「言葉」ですが、「法要」には「折り本」を用い、「表裏」の「表紙」を「両方」の「手」で支え、「経巻」を「右」または「左」に傾けながら「本文」の「紙」をぱらぱらと「一方」へ落とすようにするそうです。
そのとき、「経題」だけは毎巻「大声」で読み上げます。
「大般若転読」ですが、この「転読」を中心とし、これに「導師」の「経釈」を加え、さらに「表白(ヒヨクビヤク)」、「神分(ジンブン)」等を前置して「法要」を構成するそうです。
「星祭(ホシマツリ)」ですが、「旧暦」の「元旦」や、「立春」、「冬至」等に行われる「仏教」の「儀式」で、「天下国家」に起こる「各種」の「災害」や、「個人」の「災い」を除くものであり、「星供養(ホシクヨウ)」、「星供(ホシク)」、あるいは「北斗法」ともいわれています。
「星祭」は、「仏教」の中で「後期」「大乗の教え」に属する「密教」において、「一字金輪仏頂」と呼ばれる「大日金輪」や、「釈迦金輪」を「主尊」とする「星曼茶羅」や、「七星如意輪観音」を「主尊」とする「七星如意輪曼荼羅」や、「妙見菩薩」を「主尊」とする「妙見曼荼羅」を「本尊」として、その年の主な「星曜」や、「各個人」の「当年星(トウネンジョウ)」と、「本命星(ホンミョウジョウ)」等を祀る「修法」と、「祭事」を「目的」とした「密教」の「祭儀」です。
本来は「中国」の「道教」の「冬至」の「祭儀」であり、「インド」の「仏教」とは無関係でありましたが、「密教側」が「道教」から採り入れ、「仏教的」に脚色したものなのだそうです。
「星曼陀羅」に代表される「密教占星術」では、「密教」の「修法」の「天文占星」を「二本の柱」として、「九曜星」の九つの「星」や、「北斗七星」の「七つの星」の内のひとつをその人の「生まれ星」として「大本星」と定め、「運命」を司る「星」と考えられています。
また「星祭」では、一年毎に巡ってくる「運命」を左右する「星」を「当年属星」と呼んでいます。
「星祭」ですが、これらの「星」を供養し、「個人」の「一年間」の「幸福」を祈り、「災い」を除くそうです。
なお、「全国」の様々な「寺院」で「星祭」・「星供」の「行事」が行われています。
「追儺(ツイナ)」とは、「大晦日」(旧暦12月30日)の「宮中」の「年中行事」であり、平安時代の初期頃から行われている「鬼払い」の「儀式」で、「鬼やらい」(鬼遣らい、鬼儺などとも表記)、「儺(ナ)やらい」とも呼ばれています。
「追儺」の「儀式」は、「論語」の「郷党篇」にも「記述」があり、「中国」の「行事」が「ルーツ」であるそうで、「日本」においては「天皇」や、「親王」が行う「宮廷」の「年中行事」となったそうです。
その後、「変遷」があり、現在の「節分」の元となったそうです。
「追儺」の「儀式」の「概要」ですが、「方相氏(ホウソウシ)」と呼ばれる「鬼」を払う「役目」を負った「役人」(大舎人(オオトネリ))と、「方相氏」の「脇」に仕える「シンシ」と呼ばれる「役人」(特に役職は決まっていない)が20人で、「大内裏」の中を「掛け声」をかけつつ回りました。
「方相氏」は「玄衣朱裳」の「袍(ホウ)」を着て、「金色」の「目」4つもった「面」をつけて、「右手」に「矛」、「左手」に大きな「楯」をもった。
「方相氏」が「大内裏」を回るとき、「公卿」は「清涼殿」の「階(キザハシ)」から「弓矢」をもって「方相氏」に対して「援護」としての「弓」をひき、「殿上人(デンジョウビト)」らは「振り鼓」(でんでん太鼓)をふって「厄」を払いました。
ところが9世紀中頃に入ると、「鬼」を追う「側」であった「方相氏」が逆に「鬼」として追われるようになったそうです。
「古代史家」の「三宅和朗」はこの「変化」について、平安初期における「触穢信仰」の「高まり」が、「葬送儀礼」にも深く関わっていた「方相氏」に対する「忌避感」を強め、「穢れ」として追われる「側」に変化されたのではないかとしているそうです。
「追儺」の「儀式」の「時」に行われる「除目」で、「春」の「県召(アガタメシ)」の「除目」や、「秋」の「司召(ツカサメシ)」の「除目」の際にもれた「人」を任官したそうで、「追儺」の「除目」ともいわれています。
「追儺」は、「節分」の「ルーツ」ともされており、この「節分」においては、「鬼」を「豆」によって追い払い、「節分祭追儺神事」を行う「社寺」もあります。
「芝山仁王尊」こと「天應山観音教寺」では、2月3日(金)に「芝山仁王尊」「節分会」を開催するそうです。
「芝山仁王尊」「節分会」では、「大般若転読」・「除災招福護摩」・「星祭」を厳修するそうです。
「大般若経」の「風」に当たるだけで「除災招福」の「功徳」を得られると古来より言われているそうです。
「芝山仁王尊」「節分会」ですが、「法要」終了後、「天應山観音教寺」「三重塔」前「特別舞台」にて「鬼やらい」の「寸劇」と、「豆撒き」が行われるそうです。
「火事泥棒除け」・「厄除け」の「芝山仁王尊」「天應山観音教寺」で開催される「大般若転読」・「除災招福護摩」・「星祭」を厳修する「節分会追儺式」「芝山仁王尊」「節分会」。
この機会に「芝山町」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「芝山仁王尊」「節分会」詳細
開催日時 2月3日(金) 13時〜(豆まきは14時〜)
開催会場 天應山観音教寺 山武郡芝山町298
問合わせ 天應山観音教寺 0475-77-2225
備考
「芝山仁王尊」「節分会」には、毎年多くの「参加者」があり、「法要」の後、「周辺地域」の「名士たち」が「年男」・「年女」として「特設会場」に上がり、「豆まき」や、「景品」の「福まき」を行うそうです。
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3306 |
|
地域情報::成田
| 09:12 PM |
2017,01,29, Sunday
「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」、「伊能家のおひなさま展」(香取市)
author :
犬吠埼観光ホテル
本日ご紹介するのは、となりまち「香取市」「伊能忠敬記念館」で1月24日(火)〜3月20日(祝・月)の期間開催されます「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」、「伊能家のおひなさま展」です。
「伊能忠敬記念館」(2012年4月21日・1月29日・2011年3月8日のブログ参照)は、「佐原の偉人」「伊能忠敬」(2011年3月5日のブログ参照)の「功績」を讃(タタ)え、その「功績」を余すところなく紹介している「記念館」です。
以前「伊能忠敬記念館」は、「伊能忠敬旧宅」(2012年2月24日のブログ参照)の「敷地内」にありましたが、「記念館」「建設」から相当な「年月」が経ち、また、かつての「伊能忠敬記念館」の「展示面積」が手狭であったなどのことから、1998年(平成10年)5月22日に、「伊能忠敬旧宅」の「小野川」(2012年9月7日のブログ参照)を挟んで「樋橋(トヨハシ)」(2012年2月13日のブログ参照)を渡った対岸に新しく「伊能忠敬記念館」が設置されることとなり、「現在地」に「伊能忠敬記念館」が開館したそうです。
「伊能忠敬記念館」では、「醸造業」などを営む「豪商」の「伊能家」に17歳で「婿養子」に入り、「家運」を盛り立て「佐原の名主」として活躍した「前半生」、そして50歳(49歳)で隠居して、のちに「江戸」に出て「勉学」に励み、56歳から71歳まで計10回にわたって「全国測量」を行った「伊能忠敬の人生」を、「年代順」に追って紹介しています。
「伊能忠敬記念館」では、「国宝」に指定された「測量器具」や、「伊能図」の数々が展示され、「地球」1周分の「距離」を測量して歩いたという「伊能忠敬の業績」を偲ぶことができ、その結晶ともいえる正確さと、芸術的な美しさを備えた「地図」や、「伊能忠敬関連資料」等が展示された「伊能忠敬記念館」は、「香取市」「佐原」の「観光名所」のひとつとなっています。
「伊能忠敬記念館」の「展示」の「概要」は、「佐原時代」、「全国測量」、「伊能図の完成」、「地図の世界」と分けられ、「内容」は、下記の通りです。
佐原時代
伊能忠敬50歳までの前半生を紹介
伊能忠敬は、50歳で江戸に出るまで佐原の名主・村方後見を務め、家業では醸造業等を営んでいました。
34歳の時松島への旅行では神社仏閣を訪ねる旅でしたが、48歳の時伊勢神宮への旅の途中には、緯度・方位観測を行っており、このころから天文や暦学への興味をいだいておりました。
全国測量
隠居してからの勉学と全国測量の行程を紹介
江戸で、天文方高橋至時の弟子になり勉強を本格的に始めます。
55歳で北海道南岸の測量を行い、以後計10回に及ぶ日本全国の測量を71歳まで行いました。
伊能忠敬は73歳で亡くなりますが、彼の没後3年にして日本全図は完成しました。
伊能図の完成
伊能図の数々を紹介
伊能図には、1821年(文政4年)完成の「大日本沿海輿地全図」(大図214枚縮尺36000分の1、中図8枚縮尺216000分の1、小図3枚縮尺432000分の1)のほか、測量ごとに作った地図や名勝地を描いたものなど、多くの種類があります。
いずれの地図も実際に測量してつくられたので、とても正確であるとともに、芸術的な美しさを備えています。
(国宝の伊能図や測量器具は2ヶ月ごとに展示替えを行っています)
地図の世界
日本地図の歴史や、楽しい世界の地図を紹介
伊能忠敬がつくった伊能図により日本の正確な姿が紹介された19世紀以前において、ヨーロッパの人々は日本の姿をどのように理解していたのでしょうか。
ヨーロッパから見れば極東の地である日本については、さまざまな憶測やとぼしい地理的情報に基づいて描いていました。
また、同時に日本人は自分の国の姿をどのように理解していたのでしょうか。
地図はその時の時代観、宗教観、目的によってさまざまな形をとります。
見ても楽しく興味深いものです。
「伊能忠敬関連資料」ですが、平成22年(2010年)6月29日に「重要文化財」から「国宝」に指定された2345点の「資料群」です。
「国宝」に指定された「資料」は、「地図・絵図類」、「文書・記録類」、「書状類」、「典籍類」、「器具類」に分類され、「伊能忠敬」の「全国測量」に関る「資料」の他、「孫」の「忠誨(タダノリ)」の「資料」も含まれています。
ちなみに「国宝」とは
「国が指定する重要文化財のうち、世界文化の見地から価値の高いもので、たぐいない国民の宝」
と評価され指定された「資料」のことです。
「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」は、「地図・絵図類」、「文書・記録類」、「書状類」、「典籍類」、「器具類」となっており、「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」・「目録」は、下記の通りです。
「国宝」「伊能忠敬関連資料」「概要」・「目録」
「地図・絵図類」787点
採色された伊能図、その元となった下図(シタズ)、測量経路の風景を鳥瞰図的に描いた麁絵図(アラエズ)、各測量地から提出された参考絵図などがあります。
伊能図の作成過程をうかがい知り、また各地の測量技術を明らかにできる貴重な資料群です。
「文書・記録類」569点
日本全国測量中の日記、山などの方位を測った山島方位記、夜に天体観測した星の観測記録、先生である高橋至時の御用日記、測量御用の辞令や先触、伊能忠敬の孫である伊能忠誨(タダノリ)が作成した星図などの資料です。
「書状類」398点
伊能忠敬直筆の書状のほか、息子景敬、娘イネなどの親族、先生の高橋至時・高橋景保、尾形謙二郎や坂部定兵衛など弟子たち、友人の江川英殻・久保木清淵や諸藩の役人との書状があります。
「典籍類」528点
伊能忠敬が学んだ暦学書、測量書、和算書や測量に関わる中で集めた地理書などがあります。
「器具類」63点
地上測量の器具には、量程車や半円方位盤、象限儀(小)などが、天体観測の器具には、緯度測量に使う象限儀(中)、経度測定に使う水揺球儀があります。
また、地図を作成する時に使った烏口や地図記号の印もあります。
特に伊能忠敬の孫の伊能忠誨が使用した水揺球儀もあり、国内でも有数のコレクションとなっています。
この度(タビ)「伊能忠敬記念館」では、1月24日(火)から3月20日(祝・月)までの期間「収蔵品展」「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」を開催するそうです。
「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」開催に際し、「伊能忠敬記念館」では、下記のような紹介、鑑賞を呼びかけています。
「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」
当館所蔵の国宝「伊能忠敬関係資料」には、地図や測量道具だけではなく、伊能忠敬に関わるさまざまな資料が含まれており、全体は5つの部門に分類されます。
地図・絵図類、文書・記録類、書状類、典籍類、器具類のそれぞれから、厳選した実物資料を展示し、国宝「伊能忠敬関係資料」の持つ奥深い世界を紹介していきます。
また「伊能忠敬記念館」では、「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」と「同時開催」で、「伊能家のおひなさま展」も行うそうです。
「伊能家のおひなさま展」の「内容」は、下記の通りです。
「伊能家のおひなさま展」
伊能家には、忠敬から数えて4代目当主の娘たちのお雛さまが伝わっています。
今回、この雛人形や雛飾りとともに、京都出身の呉服商で江戸時代後期から明治・大正時代にかけて佐原随一の商家であった旧奈良屋の雛人形も展示します。
「佐原の偉人」「伊能忠敬」の「生涯」・「功績」を余すところなく紹介している「伊能忠敬記念館」で開催される「収蔵品展」「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」、「伊能家のおひなさま展」。
この機会に「香取市」に訪れてみてはいかがでしょうか?
「第85回収蔵品展」「国宝伊能忠敬関係資料の世界」、「伊能家のおひなさま展」詳細
開催期間 1月24日(火)〜3月20日(祝・月)
開館時間 9時〜16時半 (最終入館〜16時)
開催会場 伊能忠敬記念館 香取市佐原イ1722-1
入館料 大人500円 小・中学生250円
休館日 月曜日 (祝日の場合は開館) 年末年始
問合わせ 伊能忠敬記念館 0478-54-1118
備考
「香取市」「佐原」では、2月4日(土)から3月26日(日)までの「期間」、「恒例・人気」の「催し」「第12回さわら雛めぐり〜お雛さまの舟遊び〜」を開催するそうです。
「第12回さわら雛めぐり〜お雛さまの舟遊び〜」では、「趣」のある「佐原」(佐原の町並み)の「たたずまい」とともに、「商家」に伝わる「雛たち」をゆっくりと観覧できる「催し」となっています。
また、「第12回さわら雛めぐり〜お雛さまの舟遊び〜」「期間中」の3月18日(土)に「さわら雛舟(ヒナブネ)春祭り」を開催するそうです。
「さわら雛舟春祭り」では、「雛人」が「雅楽」の「演奏」で「優雅」に「小野川」を進める「リアル流し雛」となっており、「さわら雛舟春祭り」は、1日3回運航されるそうです。
| http://www.inubou.co.jp/blog/index.php?e=3305 |
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地域情報::香取
| 09:12 PM |
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